序章・全て呪われていた 1ー②
その後も、『私』は耐えて耐えて、耐え続けた。
うら若き乙女の美しい盛りを、幽閉されるようにして閉じ込められ、何の面白味もない勉強を押し付けられる日々にも、歯を食いしばって耐えた。
教師達は、鬼のように厳しかった。
間違えれば手の甲を鞭打たれ、睡眠時間を削らなければ出来ないような量の宿題を毎日出された。
たとえ父母に会えたとしても、優しい言葉を掛けられるどころか、「この国の王妃になる為に耐えろ」と説教まがいの御託ばかりで。
何度も何度も、打ちひしがれ、涙を流した。
それでも、『王太子』の為に耐えた。
そうして、三年の月日が流れた。
だが、『王太子』は帰って来なかった。
四年が過ぎ、五年目を迎えて、『王太子』が帰郷するという知らせが入った。
何故、二年も伸びたのか。
異国での暮らしは、思ったようにいかなかったのか。
気が付けば『私』は、高位の女性としては結婚適齢期を過ぎてしまい、二十歳を迎えようとしていた。
それに関して、王族や貴族達の間で良からぬ噂が流れ始めているのを、閉じ込められていた『私』は一切知らなかった。
知ったのは、『王太子』を出迎える為に初めて『外』へ出た時。
皆が、深層の姫君として想像を逞しくしていた姿と、『私』を見比べる。
確かに『私』は、珍しい艷やかな黒髪と金色の瞳で、人々の目を喜ばせはしたが、それよりも『行き遅れの年齢まで待たされた姫君』としての負の評判の方が勝っていた。
皆の視線が、『私』へと突き刺さる。
それは二十年もの間、幽閉されていた『私』にとって、鋭利な針のように辛辣なものだった。
だが、それも『王太子』が帰って来てくれればなくなる。
結婚式を挙げた後は、『長い間、育んで来た固い絆で結ばれた二人』として、皆に受け入れられるだろう。
そう信じて、『私』は『王太子』が船から降りて来るのを待った。
そして、そのタラップを降りて来た『王太子』は、別れた時よりも大人の男になって現れた。
屈強な体躯は剣士のようであり、襟足が伸びた金髪は、以前よりも『美しき金獅子』の名に相応しい威厳が備わっている。
そして、颯爽と現れたその美丈夫の隣には、意思の強そうな『真紅の髪の姫』が立っていた。
それも、『王太子』の腕に手を絡めながら、あたかも『王太子』の妃であるかのように。
仲睦まじい様子で、二人はタラップを降りて来る。
その姿に、『私』は足元が崩れていくような錯覚を起こした。
この五年、いや生まれてから二十年近くもの間、『王太子』の為に耐えて来た。
彼への愛故に、どんな苦行にもめげず、王妃になる者の試練であると、歯を食いしばってこなして来た。
それも、『王太子』との結婚式までだと、自らに言い聞かせて。
『私』は、足を踏ん張って倒れそうになるのを耐え、淑女のお辞儀で『王太子』を出迎えた。
「長らくの御遊学、お疲れ様でございます。殿下」
「久しぶりだな。紹介しよう。彼女は、アスターナ国の第三王女の……」
『王太子』は『私』の名前すら、呼んではくれなかった。
随分と待たせてしまったなと、労りの言葉すらなかった。
開口一番、『王太子』の口から出たのは、『真紅の髪の姫』の名前だった。
それが何を意味するのか。
その場にいた皆が、察せられない訳がない。
『王太子』は、留学先の隣国から花嫁を連れて帰って来た。
その噂は光のような速さで、人々へと広まっていった。
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