「愛してる」の言葉は呪文

梅之助

序章・全て呪われていた1ー①

「お前とは、婚約破棄する!」


そう言い放つ男は、『私』の婚約者の男だった。


長身の美丈夫は、『美しき金獅子』と名を馳せるこの国の『王太子』だ。

その名の通りの光輝くうねる金髪に、神の如く人間離れした美貌は、近隣諸国の姫君だけではなく、一般庶民の女性にまで広く知れ渡っていた。

『王太子』と『私』は幼馴染みだった。

公爵令嬢として生まれた『私』は、生まれた瞬間から、『王太子』の妃として命じられ、幼児の頃からお妃教育を受けて来た。


青み掛かった艷やかな黒髪、琥珀のように煌めく瞳は、この国では珍しい。

白磁の陶器の如く、つるりとした黒子一つない美肌は、陽の光に殆ど浴びた事がない。


そうして幼い頃からほぼ、人前に出すに『私』は『王太子』の妃になるべく教育を受けていた。

そんな俗世間から隔離されたような日々も、毎週末、顔を見せてくれる『王太子』の笑顔を見るだけで耐えられた。

『私』達には、恋に落ちるような衝撃的な何かがあった訳でもなかったが、そうした日々の逢瀬が恋心を少しずつ育てていった。

少なくとも、『私』は、少女の頃には『王太子』に恋していたし、思春期の頃には愛しているとまで思えるようになっていた。


だがある日、そんな淡い想いを育てていた二人を、運命が引き裂く。

王族や高位の貴族の男は、十五になれば数年間、隣国へ留学する慣例がある。

『王太子』もご多分に漏れず、隣国へ三年間の留学が決まった。


それは前から分かってはいた事だったが、『私』は泣いた。

泣いて引き留められる訳ではない。

ただ毎週末、『王太子』に会えるというだけで、この辛いお妃教育にも耐えて来れたのだ。


『私』はこの先も、この離宮で閉じ込められるようにして、ひたすら教育だけを受け続ける。

他の出会いから一切遠ざけ、『王太子』が帰国して、婚約者として『お披露目』されるまで外には出られない。

毎日、分刻みでダンスや刺繍やピアノ、果ては一般的な教養以外に帝王学まで叩き込まれる。

身内や教師以外の人間と隔絶されたその拘束感は、想像を絶する。


その上、唯一の楽しみであり、癒やしでもある『王太子』との逢瀬もなくなるのには『私』にとって、たった三年が何十年にも思えた。


「三年なんてすぐだよ」


「長いわ。私、心が折れてしまうかも知れない。


「君は強い人だ。大丈夫だよ。帰って来たら、すぐに結婚式を挙げよう」


「本当に?」


「だから、待っていてくれ」


彼とは生まれた時からの婚約者ではあったが、これまで触れられたのはエスコートされた時の『手』のみ。

それでも、誠実な彼の為に待つと決意した。

『私』の愛は、年月が育てただけの深さと重さがあった。

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