第34話
「あこ、――…」
小さくその名前を囁いた俺は、途端にその大粒の涙を冷たい頬に零しだした。
「楓、颯が熱出したんでしょ?」
駆け寄ってきた亜子は少し背を屈めて顔を覗き込んだ。
「泣いてるの?」
心配そうに言う亜子に、嗚咽を増す。
亜子は俺をそっと抱き寄せた。
「颯、ただの風邪だよ?」
よしよし、と背中をぽんぽんされて、屈んだ亜子の首に額を寄せる。
「う…、う…っ、は、やて、……ふ」
「よしよし、大丈夫だよー」
亜子が何を考えているのかは分からなかったけれど、涙は流れるし鼻水は出るし、それでも背中にあるこの手がどんなものより温かかったのは覚えてる。
「楓、今日はクリスマスなんだよ?きっといいことはあるの」
泣きやまない俺を包むように亜子は、背中を擦っていた。
「楓のお母さんが帰って来るまで一緒にいてあげるから。ね」
だいじょうぶ、
だいじょうぶ。
亜子は繰り返し、唱えるように言った。
それは、動かない俺に、自分のコートを着させて。
雪の中、母さんに抱きかかえられた颯が向こうから早足でやってくるときまで。
ずっと。
だいじょうぶ、って。
繰り返し。
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