人の殴り方は、作った拳を前に出すのではなく作らなかった方の緩い拳を後ろへ引く

第128話

{*相良 貴章*}






「どこかで見たことあるような気がするな…」




休日の午後。


用があって呼び戻されていた実家を、もう暑くなってきたトレンチコートを羽織って出た矢先のことだった。


車の鍵が手のひらで音を立てたことで思い出す、別の鍵がある。



そこから連想されたアノ男。



誰だったっけ…





「あー!」



これは思い出した俺の声じゃない。


見なくても判る、明確に指を立ててその名に恥じぬ効果を発揮しているであろう人差し指が、自分に向けられているであろうこと。


流石に声で誰かまで判るほど聞き覚えた音ではなかったけど。




「相良貴章……」



チラと視線を向けると目に見えてびくつかれて、身体ごと向ける。



「何でここで、何して」




指の持ち主は、最愛のひとの弟だという人物。




「ああ。こんにちは?」



コートのポケットに手を突っ込んでしまう癖。




「こんにちはじゃねぇ!!」



「何でって、すぐそこが実家だから?」



「嘘吐けこんな高級住宅街に家持ってるわけねーだろ!!空き巣に来たんだろ!!」



「いや…セキュリティ万全だから」



「住んでる風に言うな狼男」



「……」



ま、いいや。




「エビは何してる?」


「誰がエビだ」



広い道路の中央、近くにきたエビの背景が騒がしく、彼女は口にしなかったけど“ゲイノウジン”であるエビが関係していることはすぐ解った。



「不良モノ?撮影?」



目の前のエビははだけたブレザー姿で、ところどころに傷に扮した化粧が施されていた。



「煩い」


「…一発殴ってみてよ」



「相良を」



「ン」



頷くと同時に遠慮なく飛んできた拳がひらひらと拡げた手に入った。




「お前それ本気でやってる?」



「!」

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