第93話

「どうして、あべちゃんが鍵返してきたと思ってるの」



喉から、押し出すように触れさせてくれる場所へと声を伸ばす。



貴章は一瞬困ったような表情をして、笑んで。




「…他の奴とキスしたから?」




そう言葉にする。


私は、ズキと痛んだ心の奥で何かが引っかかるのを感じた。



私は貴章とあべちゃんふたりのことは愚か、普段のあべちゃんのことさえちゃんと知らない。


ふたりみたくほぼ毎日顔を合わせているわけではないし、そうなるとこの中で付き合っていることを除いてもあべちゃんの一番近くにいるのは貴章だ。



けど。


…それでも多分、違う。



「本当にそれだけ?」



あべちゃんが〝そういうこと”になって他の人の何倍も何倍も自分を責めることになるというのなら、それは、そうかもしれない。


けれどあべちゃんはそれだけで、貴章の元から去るようなことを決めてしまうだろうか。



「絶対、何かある。あべちゃんに」




「……ま、」


小さく呟いたことには両側から視線を感じたけどそれを聞いてか聞かずか貴章が続けた。



「いつかは、いなくなる……」

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