第92話

「それで?」


櫻井さんと花吹さんの間で身を乗り出すと貴章はちらりと花吹さんの方を見遣った後、小さく笑ったまま続けた。


何だろう。



「それで、鍵渡したりいちゃいちゃしたりしたんだけど――」


「いちゃいちゃ報告要らないなぁ。で、何したの」


「瑞樹」



櫻井さんは貴章を見たままとなりの方を躾け。



「それで俺が目ぇ離した隙に俺以外の男とキスして、」


「…」


「…」


「へ」



「え!?」



「自分のこと捨ててとかぶってとか言い始めたからむかついて、無理やりキスした。ら鍵が返ってきた」




「『ぶって』?」


「何……やって」




高橋さんは頬杖をついたまま。日本人離れしたツンと美しい横顔をピクリとも動かさない。長い脚は片方ソファからはみ出している。これについては私の所為。



櫻井さん…も、何も変わらないように思えたけど少し怪訝な表情になったようにも見えた。



花吹さんは、驚いているか照れたような表情か、そのどちらかかと予想されたけどそれは違った。意外にも小さく拳を握りしめた私のとなりで彼だけが、貴章の口からの次の言葉を待っていたと思う。




「貴章」


「宇乃さん」



まるで私が貴章を呼ぶのを解っていたかのように、上から花吹さんの誰も責めようとしていない優しい声が降る。


誰も、というのは、浅はかにも貴章に強めの口調で切り出した私も含まれていた。



「ミズキくんが花吹連れてきたのはこの為?」


「さー」



「……灯、言って?俺の話はここで止まりだから。俺、どうしたらいいかわかんねぇの」



「…たか、あき」


「ん?」




彼に助けられてひと呼吸置けてまず貴章が傷付いているか、なんて、聞けなかった。



私、ばかか。

聞かなくても、判る。

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