第87話

は、と息を吐いて唇を解放すれば瞳に涙を溜めた彼女は息を切らして再び涙を零した。




――二度目のひみつのキスも、泣いている彼女にした。




両頬掴めば子犬みたいに潰されたまま見上げられる。



「……っ、ぅ、……そう、ですよね。むかつく……。さがらさん、わたしのこと、捨ててください」



「は」


「汚いから、当たり前のことです。もう要らないって言ってだいじょうぶです。わたし、さがらさんとお付き合いしていたなんて誰にも言ったりしません。わたしのこと、相良さんの中からなかったことにして「緩菜!!」




…緩菜は、肩を揺らして嗚咽だけを零し、そして静かに。




「……許さないで……わたしのこと、ぶってください」



そんなことを言いだした。



「あ?」




阿部はそれに答えない。



だから溜め息を吐いてお前の何処が汚いんだ、と呟いた。



「あー…すっげぇむかつくけどこれ以上要らないこと言うならまた口塞ぐから」




「……」





そこで黙るのかよ。




くそ。





で、力任せに抱き寄せる。阿部は予想通り嫌がって嫌がって「会社です!」と声を上げたけどどーでもいいとよ返した。




すり、と額を寄せれば少しも経たない内に涙声が聴こえて来る。





それにはふと微笑んで、もう大丈夫、だと思った。









けれど、


その二日後。





――――彼女から返された合鍵だけが、手の平に残っていた。

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