第67話

「相良さん、申し訳ございません……!」



玄関が閉められると同時にじたばたともがき、降ろしてもらって頭を下げた。


彼は、黙ったまま目の前にしゃがみこんだ。


伸びてきた指先に殴られてもいいと奥歯をかみしめた。



けれどそれは私の頬を少し強く擦っただけ。



私にはその意味が分からなくて、そうっと、瞼を持ち上げる。



一瞬だけ、いつもの相良さんとは別の表情が映ったと思って、「相良、さん」と嗄れ声で呼ぶ。




「……。せっかく、押し倒せたのに」




「え……?あっ」



悪戯なその表情に、熱く、あつくなるほっぺ。


「ごめん、擦りすぎた?赤くなっちゃった」




――相良さんへの〝すき”が、ぶわり、ぶわりと舞うように。




「……あ、の。あの、ハチは、兄のことです。一番上の兄が瑛都(エイト)といって、呼べなかったおとうとが」



立ち上がった相良さんは相槌を打ちながら、リビングの方へ廊下を進んでいく。

私はそれについていく。そして急に立ち止まった相良さんに当たりそうになって慌てて爪先に力を込めた。



「家出って?あべ、実家出るの」



振り返らない背中に不安を感じながらも、はいと頷く。


振り返った相良さん。どこか照れたような顔をして、はい、と返したから目で追った。



差し出されたきれいな指先から下げられていたのは、鍵だった。

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