第31話

「涙を誘って、って何?何で俺の前で泣かないの」



呆れた声は続いていて、私は胸を刺すような痛みを抱えたままぶんぶんと首を横に振った。



「なくのはいやです…涙がでるのはふがいなくて情けないからで、手が、震えるのは、恥ずかしいから。だから」




だから、見ないままでいてほしい。


特に相良さんには。




「何が恥ずかしいの」



「…」



相良さんの大きくて冷たい手は、私の手首を放さなかった。



「……ん、です」




何度も。



『勘違い』も、『困る』も、相良さんの声で反芻された。




何もできない私が相良さんにできることと言えば、それを直接言ってもらう前に、私の寒さなんかを気にしてドアを開けてもらう前にここでいいといって、謝ること。

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