第30話
「なぁ?阿部」
「今のは」
「逃げんの」
「……にげ、ません」
「うん」
「……、……っ相良さんは、私の敵です」
小さな声で呟く。
捕まれた手首が冷たいことでさえ心を痛ませた。
「は?」
「優しい敵です。優しくして涙を誘って、私の汚いところを見てはまた優しくするんです。優しいから」
「あのさ酔っぱらいさん、俺そんなに優しくないよ?それに阿部は汚くない」
「それです。優しさです」
「だから」
見上げた先の彼は、呆れたように溜め息を吐いた。
ああ、やっぱり呆れていた。
もっと早く見上げていれば、呆れてることももっと早く判れたのに。
私がそれを、恐れたから。
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