第20話
「――、おかえ…」
うみちゃんの声に気が付かないまま。無意識の中で暖簾を潜って、戻った。ずっと無意識だった。
恐らく、うみちゃんが私の名を呼んだあと。
「…っどうした!?」
大きな、音、で。はっとする。
けれど大きな声は遠くで聞こえた。
「……ぁ」
胃の奥の、奥の方から喉へ押し出して。
「何でもない、大丈夫だよ」
きっと酷い顔をしていたのだろう。
自分が、どんな顔を人に見せているかも知らず私は入口から席へ戻って鞄を手に取って、お金を取り出してから何かを。
「ごめんね」
何かを口にして、お店を後にした。
もう、
“女の人”。
“相良さん、電話、切っ……”。
そんな、ちいさなことを。
何度も何度も、ぐるぐるぐるぐると考えては考えちゃだめだと言い聞かせて、言い聞かせてはその所為で着実に記憶していく自分が。
嫌で、嫌で、彼に。
――――『恋人、いるの?』
『 〝 は い ” 』―――…
それさえ、もう。見合う筈は到底なかったのだと思い知った。
いっそ吐き出された息がそうであるように、冬の世界へ飛び出した私のこの要らない想いも溶けてしまえばいいのに。
そうしたら、好きでいることくらいは許されるかもしれないのに。
“ごめんね”。
そう、酷く冷たく刺すような空気を浅く吸い込んで息とした。
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