第16話
――――――……
「河合ちゃん?」
仕事中、思考回路を停止していたらしい私の頭上から宇乃さんの声が落ちてきて顔を上げる。
彼女は手にマグを持っていて、そのまま私の横を通り過ぎ、斜め向かいの自席に着いた。それから顔をつき合わせる。
「寝てた?」
こそ、と聞く宇乃さんにまだ回転の早まらない頭で「いえ、ぼうっとしてたのだと思います」と細々言い、更に「たぶん」と弱々しく付け加える。
宇乃さんは「もう定時過ぎてるから寝てても大丈夫よ」と冗談ぽく笑った。
開いたままだったパソコンの右下に目をやると、確かにもうとっくに退社時間は過ぎていた。そこで頷いたけれど、その次の言葉が出て来ない。
――あの日。
例の言葉を聞いた日とそれほど違いなく締切も終わり、無事に企画書は提出するに間に合った。
それが理由というわけではないけれど、あのホームにはあれから足を運んでいない。
何故だろう、どうして行けなくなったのだろう。
正直、残業のあとにあのホームへ向かう足は、今気付けば少し嬉しそうにしていたのかもしれない。楽しみだったのかもしれなくて。
では私は、どうして、その時間が嬉しいものだったのだろう。
その答えを、ずっと探している。その答えが分からなければ、会ってしまってはいけないような気がしてる。
好きだと、そう言われた。
言われたというより、言っていたという感じ。他人事のような気がしている。あれからずっと。
「河合ちゃん」
私は再び呼びかけられて、すぐにはっとして「ごめんなさい、私また」と声に出して言った。
宇乃さんは全く気にしていない様子で「お節介だったら、ごめんね」と謝り返し「この前『好きです』って言われた人の話かな」と。
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