第15話

私は口元で小さく山をつくった後、何も言わずに前を向く。


目を細めて何となく相手の空気に探りを入れるが、駅員さんは何も言わないのだ。『照れてますね』とか言うのかと思った。思ってるくせに。


言わないのが狡い。大人ぶって。



すると隣から、くすりと笑う音が聞こえてくる。


くすくす。

敢えて右隣に顔を向けない私を分かっている素振りをして、小さな笑いは続く。まったくもって癪にさわる。



「もう、何ですか。止めてくださいー」


私は眸だけを動かし、駅員さんを見る。彼は楽しそうに笑い声を立てているのだが、少しだけ嬉しそうにも見える。


「だって」


笑って細めていた眸を、ちょっと困ったように開けて、私を覗き込むかのようにこちらを見る。その目。その目が、いつも綺麗に見えるのだ。

まるで反射するかのように。


「笑窪って、笑うって字が入るくらいだから笑っているときのものだと思っていたのですが、違ったみたいです」


「?」


「まどかさん、照れて口を窄めているときも笑窪あるし。可愛くって」



可愛いとしつこく言った駅員さんのその笑い顔が可愛いと。思ってしまった私は酔いが回っているはずだ。



「あ、そろそろ電車来ますよ」


ふいに腕時計に目をやっていたらしい彼は、電車の到着を告げる電子版に目をやって言った。私もつられてそれを見上げる。


やがて線路を走る音と風をきる音、特有の高い音が聞こえて、電車がやって来た。私は席を立つ。


電車に乗り込もうとして、何となくまだ椅子に座っていた駅員さんを振り返った。





すると彼は、


急に、


私の右腕を引いて。




引き寄せたと同時に立ち上がって私の耳に口を寄せ。



「――――」


囁いた。



私はふらりと電車に乗り込み、それは時間通り発車する。













――5分ほど経ってからだ。















その言葉が『好きです』だったと気付いたのは。

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