第14話

「一応言っておきますが、今日も偶然ですよ」


「え?」


「この間も」


一瞬彼が何のことを言っているのかと思ったが、すぐにそれが私とこうして話すことの訳だと勘付いた。


「別に疑っていません」


「はい」


そこに優しい風が通った。柔らかい夜風は心地よくて、目を閉じたくなる。


「まどかさんもしかして、お酒入ってます?」


鼻を効かせた駅員さんに対し私は重たい瞼をやはりゆっくりと持ち上げ直した。


「よく…分かりましたね」


椅子の背凭れに凭れかかったまま、気怠そうにそれに答える。横で、彼も先程よりかは背凭れに凭れかかったのを感じた。


「何か、いつもより顔の血色がいいかなと。僕は貴女のように鼻が利くわけではないですが」


ふふ、と笑う駅員さんを横目で睨み付けたいのを抑えて、私は少し酔いに身体を預け始めた。


「残業が、少し早く上がれたのれ…んん、で、です」


「舌が回っていませんね。大丈夫ですか?吐きたかったら言って」


誰が吐くか。


「この…宇宙人め」


「……は?」


驚きと笑いを堪えるのが混ざったような声で返す駅員さんの音だけ聞いて、何となくにんまりと笑ってしまう。



「また笑ってる」


「先刻から何ですか、笑ったらいけませんか」


「違くて。まどかさんって笑うとここにちっちゃく笑窪できるじゃないですか」


「は?」


不機嫌に眉を寄せる。


「ここってどこです」


見ていないときに『ここ』を示されたので、もう一度駅員さんに向き合って問う。駅員さんは自らの右頬を人差し指でつついてみせた。


「ここです。可愛いんですそれが」

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