第13話

心臓の高鳴りの先を

気にするということは。


私は確かに。


あのホームの駅員さんを

気にしていたと、いうこと。




次の残業の日、電車の中で次の停車駅のアナウンスが流れたと同時に、私はあのホームを頭の中に思い浮かべた。

なんとなく甘い香りが燻ったように思えて、変わらない凭れた頭を持ち上げる。


そしてあの駅に降りるとき、私は小さく目を瞬かせた。

開くドアを挟んだ向こう側に、私と目を合わせて微笑んだあの人の姿を見たから。


彼は電車を降り立った私に、「こんばんは」とだけ声を掛けた。


不意に近付いてくる彼は、相変わらず掴み所がなかった。私はそんな相手に、ふと含み笑いを見せる。



「…笑った」

小さく囁いた駅員さんに私はまた瞬きをして。



彼の弧が描かれた口元に、小さく黒子があるのに気が付いて、何と無く色気があるなと。


「、」

驚いた。


視線を置いていた口元に、彼は見抜いたかのように、するり。と触れた。



視線を外して線路の向こう側を見ているから、恐らく駅員さんに自覚はない。

私は離せなくなった目を無理に離して、吸い込まれるように椅子へと腰を下ろした。

目を瞑ると、静かに視線を感じた。


「…もう、座ったらどうですか」


目をゆっくりと開けて尋ねる。


視線を合わせると彼はきょとんとした顔を見せるかと思いきや、満足そうに笑った。


「実を言うと、それを待っていました」


隣に腰を降ろされたはいいものの、気まずさのある嫌な空気に急かされて口を開く。


「見回り終わりましたか」


駅員さんは、え?ああ、と姿勢のよさを変えないまま質問に答える。

姿勢がいいというのは、育ちがいいからなのだろうか。

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