第11話

「貴女はどうしてこの駅で降りているんですか?」


パ、と手を放し、今度は私の番だとでも言うように切り出された。私は社員証を鞄にそっと仕舞い込む。


「私、香水の匂いとかが苦手で。この時間帯は特に」


細々と、説明する。毎回ここの駅で降りてまた電車に乗ることを不審に思われるのも困ってしまう。


「それで、会社から家までの半分になるのがこの駅なので休んで行っているんです…この駅だったら、この時間人も少なくて」

あ、なんだか言い訳臭くなってしまった。


困ったと顔を下に向けた時、自分の頭に置かれたのは男の人の手。

その重さに小さく驚いて顔をあげると、駅員さんは案外近くにいて。それでまた、驚きを繰り返す。


「もう、具合は大丈夫?」


ですます調の取り払った駅員さんの言い方に、この人の真意が見えたと錯覚するような感覚を見た。


「だいぶ」


手が置かれたことに関して慌てた素振りも前に出さない私は、なんだかわざわざ平静を装っているみたいだ。と。

自分で思った。


「ふふ、動揺してます?」


「、」


どうして。

頭にあるままの重い手が、ぽんぽんと弾んだ。

可笑しそうにこちらを覗き見るその眸が、綺麗なんだけど、悔しいくらいの落ち着きを見せている。



「優しくされたら、どう返せばいいか分からない?」


返答しなかった私を置いてきぼりにして、駅員さんは更に続けた。私は目を見開いたまま、ただ前の人だけを映す。


この人は、人の中に平気で、しかも何の躊躇もなく入ってくる人だ。ゆらりと。まるで立ち寄るかのように。


でも、


「いいんですよ」


土足じゃない。ちゃんと靴を揃えて脱いで入ってくるような、おかしな人。


「愛想よく返そうなんて思わないで」


ふ、と笑みを浮かべるので、私は目を据えてじっと彼の双眼を見返した。すると彼は、ははと笑って「思ってないかもしれないですが」と言った。


「……」


至近距離。

彼との距離は、僅か、数センチ。


そんな、不安定で近い距離の中で口を開いてしまえば、何かが起こりそうな気がした。


けど、それと同時になるチャイム。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る