第10話

不審者を見るような目で見られているのに気付いた駅員は、クス、と笑って続ける。


「僕だけ貴女の名前全部知ってしまうの、狡いかと思ったんです」



駅員は、少しだけ楽しそうに目を細めた。


「貴方本当に、駅員さんですよね?」


私が疑り深く尋ねると駅員は拍子抜けした表情になったが、またすぐに笑い出した。


「はい、駅員さんですよ?何でも聞いてください」


何でも?そう、言われても。

改めて質問どうぞと言われても、そんなすぐには浮かんでこない。色々ツッコミどころが有り過ぎて。


「僕は、川井 涼太。ここの駅員をやっています。車掌さんではありません」


駅員さんは口籠った私を見兼ねてか、優しく笑みを浮かべてから切り出した。まるで幼い子を宥めるかのように言うので、丸め込まれている気がする。

前を向いた彼の漆黒の目には夜空の星が映っているようで、その横顔と同じように、綺麗だった。


「この時間帯、やはり酔っ払いさんが多いので見回り要員です。僕はあちらにいらっしゃる先輩の駅員さんと代わり代わりホームを左右に分けて巡回します」


そう言ってホームの反対側を見た。恐らくその先輩が居る方向だろう。


駅員――さんはそこで手に持っていた私の社員証を差し出した。それを受け取ろうと手を出す、と。

彼は私の手を握り。

それに驚き、反射的に身を引こうとした私に「だめですよ」と言った。


何、が。

不満気な顔を向けると、彼は「社員証。落としたりしたらだめです」と真面目な顔をして言った。


本当に今、駅員さんが言いたかったことはそれなのか。

わからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る