第6話

残業時にだけよく乗る夜中の電車は、正直好きではない。

電車に乗り込んですぐ、窓の方に身体を向けて立った私は、動き出した電車――移り行く夜の景色を見つめた。


夜の電車は、少し疲れていて。


一日の色々な匂いが混ざっているから、すぐその匂いにやられてしまう。


「(気持ちわるい…)」


だめだ。

やっぱりこれから次の駅で降りよう。



昔から香水やら人の臭いやらがニガテで、いつもそれに困らされていた。


電車は勿論、密室した乗り物は苦手なものが多く。学生の頃は香水の匂いを振りまいた男に言い寄られ、若干それが今でもトラウマになりかけている。



私は待ち望んだ次の駅に到着すると、扉が開くと同時によろよろとホームに降り立った。


「――…」


小さく唸り声を上げてその場にしゃがみ込む。


と。


「川井ー!そっち頼むー」



耳の奥で、誰かの声が響いた。

自分と同じ"カワイ"という名に自分かと少なからず反応したが、顔を上げる気力がなかったのと、その後すぐに返された「はい」という声によって自分ではないと判断がついた。


カツ、カツ、と一歩ずつ革靴の音が、夜のひと気の無いホームに響いていた。

私は傍に近寄られる気配を感じたが、通り過ぎるものと思い、やはり顔も上げなかった。



「ふー…」


思いがけず傍で立ち止まったそれは、頭上で何か溜息のようなものを吐き出した。



「困りますよー」


言葉通り、困ったような男声が頭上から降る。

誰に向かってなのか。

私?


穏やかでありながらどこか深みを持たせるその声色は、続いた。


「お客さん。ほら、」


呼びかけと同時に、後ろからニュッと脇腹に腕が伸びてきて抱えられ、上へと持ち上げられる。

「!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る