第5話 「ありがと。可愛いでしょ。でも周りの視線がすごいの」

 自信満々の鳴海さんと別れた夜、テンプレ部のLINEに、明日の放課後部室にピンク髪連れてく!と鳴海さんがメッセージを送ってきた。

 ピンク髪という高難度の課題をまさか1日、というか5〜6時間後にクリアするとは。しかも部室に連れて来るとは…… 俺は戦慄を覚えた。合法的にそんなことが可能なのだろうか? 



 翌日の放課後。俺は言われたとおりにテンプレ部の部室に行く。扉を開くと、ピンク髪の女生徒がこちらに振り向いた。

 それは完璧なピンクの髪をした美少女だった。完璧なピンク髪は存在する、と俺は思った。制服を見るに、俺と同じ1年生のようだ。

 部室にすでに、宮前部長、鳴海さん、夏目さんが揃っていて、そのピンク髪美少女を囲っている。


「えー、そちらの方は?」俺は言った。


「妹だよ」鳴海さんが言った。妹? 鳴海さん妹いたの? その妹をピンク髪にしたってこと? いいのか、そんなことして。


「鳴海さん妹いたんですか?」俺は言った。ピンク髪への言及は一旦避ける。


「瀬田くんの同級生じゃん。知らないの?」鳴海さんが言った。知らなかった。でも、こんな美少女の存在を知らないのは、俺が悪いようにも思う。


「めっちゃ綺麗なピンクですね…… 昨日染めたんですか?」俺は言った。


「そうだよー。急いで美容院予約してね」鳴海さんが言った。


「いいの? ピンクに染めちゃって」夏目さんが言った。顔が少し引きつっているようにも見えた。そりゃそうだ。これは夏目さんに起因する事象なのだから。


「合意の上でだから大丈夫!」鳴海さんが言った。


「合意って…… 優衣ちゃんほんとに大丈夫?」夏目さんが言った。


「もう受け入れたので大丈夫です。似合ってますか?」鳴海さんの妹、優衣というのだろう彼女はセミロングのピンクの髪を触りながら言った。


「私の金髪が霞むくらいに似合ってるよ。うん」夏目さんが言った。


「なら、いいです。世の中にはどうにもならないことってありますし」鳴海さんの妹が言った。


「鳴海妹がそう言うならいいか。それで、我が部には入ってくれるのかな?」宮前部長が言った。


「この髪色に理由をつけられるの、この部だけでしょうし入ろうと思います」


「ありがとう! まさかピンク髪美少女というテンプレピースが埋まるとは…… じゃあ、今日はフリーにしようか。これ以上のビッグイベントはない。各自自由行動で!」宮前部長が言った。



 ちなみにテンプレ部な活動の半分以上は自由行動だ。果たしてそれを部活と呼んでいいのか、そんな疑問はとうに捨て去った部員たちはめいめいに作業やらを始めた。


 俺も授業の予習でもしようかとバックをガサゴソしはじめたところ、瀬田珈琲とソファに座る夏目さんから声がした。瀬田珈琲。最近流行りの珈琲店の名前か?と思ったが、おそらくコーヒーを淹れろということだろう。やれやれ。下っ端とは辛いものだ。

 

 俺がお湯を用意してドリップコーヒーを淹れ始めると、ピンク髪がひょこひょこと近づいてきた。


「私もコーヒー飲みたい」


「ああ、もう一個作って持ってくよ」俺は言った。


「ありがと」鳴海妹はニコッと笑った。


 俺は完成したコーヒーをトレーに2つ載せ、まずソファに深くもたれて脚を組んだ夏目さんに持っていく。片膝をついてサイド・テーブルにコーヒーを置く。短いスカートの先に、パンツ見てないかな、と俺は思う。


 俺はもう一つのコーヒーを鳴海妹の前のテーブルに置く。


「ありがと。わたし、鳴海優衣。優衣でいいよ。よろしくね」彼女は言った。


「瀬田透。同じ1年。これからよろしく」俺は言った。


「似合ってるね、髪」俺はとりあえず褒めた。


「ありがと。可愛いでしょ。でも周りの視線がすごいの。すごい見られてる」


 まあ、目立つよな、と俺はそのピンクの髪を見て思う。


 漫画やアニメでは、当たり前のようにピンク髪の高校生を受け入れられているが、あれはいったいどういうことなんだろう? 登場人物たちはまるで自分の髪がピンクだと思ってないみたいに生活している。彼女たちも鳴海のように染めているのだろうか。もしくは地毛だろうか。地毛がピンク髪、それはほとんど無いだろう。ということは染めてるということだ。なぜ染める? 可愛いと思ってかな? 特長として差別化するため? まあ、どうでもいいか。俺にとって重要なのは目の前に同級生のピンク髪美少女がいることだけだ。

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