第8話 人を想う
クリナムは、いつもの様にアラームが鳴る前に目が覚めた。
窓のカーテンを開けた。
青空が広がる。
いい天気だ。
今日は、実習五日目だ。
身体も労働に慣れてきていた。
実習の初日は、最悪だった。
筋肉痛。
普段、使っていない筋肉を動かしたからだ。
筋肉痛になるのは、わかっていたが、仕事なので仕方ない。
筋肉痛の場所が、身体の何処を使ったかを教えてくれた。
時計は、まだ寝ていてもいい時刻を指していた。
窓を開ける。
寒さが残る空気が肌を刺す。
さすがに寒いなと窓を閉め、服を着替える。
その時、窓からシオンが歩いていくのが見えた。
手には、灯台横の花畑から見繕った花束を抱えていた。
白い道を歩いていく。
行先は、墓地だろう。
クリナムは、シオンの後を追った。
シオンは墓地の門を潜り、新しい墓の前に跪いた。
そっと、花束を置く。
何やら呟いていた。
その様子を眺める。
終るまで声を掛けてはいけない。
シオンの邪魔をしてはいけない。
と思った。
シオンが、ゆっくりと立ち上がるのを見て、クリナムは声を掛けた。
「あなたのマスターですか」
シオンは、私の声に驚いて、クリナムに顔を向けた。
「……ええ、そうです」
「名前は?」
「……イーグレットと言います」
「ここは灯台守を終えた人たちの墓地なのですか?」
シオンが、頷く。
「そう聞いています」
「私もここに眠るのかな」
クリナムの言葉にシオンの微笑みは固い。
「私の墓にも、花束を置いてもらえますか」
なるべく明るい声で訊いてみた。
シオンは、一瞬、驚いたようにクリナムの顔を覗き込んだ。
「悲しいこと言わないで……」
呟き、うつむきながら首を振った。
「それは、できません……引継ぎが終れば、私はここにいませんから」
そういうと、イーグレットの墓に向き直った。
クリナムは、今まで考えた事がなかった。
マスターが亡くなった後のスタンドがどうなるかなんて、
知りたくなかったのかもしれない。
知らない方がいいのかもしれない。
悲しいことは、嫌いだ。
マスターを亡くしたスタンドは、悲しいのだろうか。
せいせいしたと思っていないだろうか。
人間のような感情を抱くのだろうか。
訊いてみたかった。
失礼なことだろうと想像できたが、興味の方が勝ってしまった。
「イーグレットは、どんな人でしたか」
彼女は、私の心の中を覗き込むように真っ直ぐに瞳を見つめた。
「人間は死んでしまう……
そして、忘れられてしまう……
初めから、無かったかのように……
それは、とても悲しい。
あんな優しい人が……
あんな楽しかった人が……
忘れられてしまうなんて……」
そう言って、悲しそうな表情を浮かべ、海に目を向けた。
私には、彼女が泣いているように見えた。
アンドロイドの彼女が泣くなんて……。
このAIは、遠くを見て何を思っているのだろうか。
マスターを想っているのだろうか。
どのように想っている?
子どもとして、
兄弟として、
恋人として、
夫婦として、
別れを悲しんでいるのだろうか。
自分のAIであるスミレは、どう思うのだろうか。
スミレは……。
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