第7話 ティータイム

「お茶でもしましょうか」

 講義を終了して、三人はキッチンのテーブルに着いた。

 今日で、丸三日の基本講義が終わり、これからは実習となる。

 

「疲れたでしょう。今日は、ゆっくりと休んでください」

 シオンが細く白い手でテーポットから紅茶を注いでくれる。


 今のアンドロイドは、人間と同じように食べたり飲んだり出来る。

 もちろん、消化はしない。

 人間の真似事はできるって事。


 ティーカップは、三人分用意されていた。

 シオンの心遣いなのだろう。

 一人でお茶を頂くのは、分かっていても気が引けるから。


 クリナムが、ぼーっとしている。 

 講義で頭の中が飽和状態になっているからだ。

 スミレは、人間じゃないので、まだまだ余裕。


「大丈夫ですか?」スミレがクリナムの顔を覗き込む。


「大丈夫さ……問題なしさ」クリナムが話掛けられている事に気付いた。


「本当に?」スミレが突っ込みを入れる。


「本当さ」うっせえなとクリナムが顔を歪める。

 そのやり取りを見ながらシオンが微笑んでいる。


「ちゃんと、覚えてくださいね……私が居なくても出来る様に」

 シオンの言葉にクリナムとスミレがお互いの顔を見合す。


「……そうか……そうだよね……考えてなかった」クリナムがシオンに目を向けた。

「ボクは、大丈夫だけど……」とスミレ。

「なんだよ……だから、大丈夫だって言ってるじゃないか」クリナムが口を尖らす。

 シオンとスミレが笑う。

 

「この仕事を最後までやるって決めたんだ」クリナムが呟いた。

「最後までか……」とスミレが繰り返す。

「そう、私が死ぬまでさ」

 何言ってるのとスミレが軽蔑した顔をクリナムに向けた。


「その時は、ボクがシオンさんと同じように新任者に引き継ぐのね」

 気付かなかったと言うようにスミレが言った。

「あっ、それは違います。スミレさんが一人で引き継ぐのではないです」

 違うのですかとスミレがシオンを見た。


「今、わたしが引継ぎをしていますが、

 本当は、私のマスターと私の二人で行う予定でした。

 しかし、マスターが思いがけず亡くなってしまったので、

 今回は、私が一人で行っています。ごめんなさい……」

 シオンが済まなそうに視線を下に下した。


「あっ、大丈夫です……引継ぎはとても分かりやすいです」

「引継ぎ時は、ボクがやるから大丈夫です」

 スミレが、場の雰囲気を変えようとわざとおどけて言った。


「なんだよ、ボクがやるから大丈夫って」クリナムが突っ込む。

「まぁ、そう捕えてもらってもいいでけどぉ」スミレが返す。

 三人が笑った。

 よかった、シオンが笑った。


「私が死んだら、あの墓地に入るのかな」クリナムが呟く。

「疲れてるの?思考が暗いよ」と、スミレ。

「散骨を希望されるのなら別ですけど……」

 シオンも心配そうにクリナムの顔を見ていた。


「散骨?」

 スミレも「それは何」って顔をしていた。

「火葬した後、海に散骨するのです。だから、お墓はありません」


「海が墓ってこと」と、クリナム。


「そうですね……海が見えるところなら、いつでも会えますね」

 三人は、窓から海を見つめる。

 海の遥か向こうにある陸を見つめる様に。


「この引継ぎが終ったら、あなたはどうするのですか?」

 クリナムが訊いた。

 それは、同じAIであるスミレも訊きたいことだった。

 どうするのだろうか?

 どうなるのだろうか?と


「旅行をしようと思っています」

「旅行」

「あなた達は知らないですよね……マスターが亡くなった時のこと」

 シオンは、少し時間を置いてから、説明を始めた。


「マスターを亡くしたAIは、三年間の時間を与えられるのです。

 何をしても、何処へ行ってもいいです。

 自分だけの時間を貰えるのです。

 その後は、アンドロイドの様な物理的な形態は、リサイクルされるそうです」


「AI自体は、どうなるの?」スミレは、興味津々だ。

「それは、わからないの……訊いたことがないから……

 人間と同じように、無くなってしまうのがいいのかもしれないわね」

 と、目を落とす。


「あなたのマスターはどんな方だったのですか?」

 シオンは、クリナムの顔を見て直ぐに紅茶に目を移し、ゆっくりと紅茶を口にした。


 その瞳は、紅茶の広い海を眺めているように見えた。

 過去の時間を旅をさかのぼり、遠くに行ってしまった彼を見ているかのように。

 その悲しそうな横顔は、美しいかった。

 見とれてしまうほどに。

 身体は確かにそこにあるが、心が、心だけが何処かに行っている。


 失礼よとスミレが、クリナムの足を蹴った。

「ごめんなさい……変な事を訊いてしまったようだ」

 クリナムは、失礼なことを訊いている事に気付いて、あわてて話を終わらせようと思った。


 クリナムの言葉で、シオンの心はこの場所に戻って来た様だった。


「それでは、今日はこれで……」と彼女は部屋を後にした。


「彼女のマスターは亡くなったのよ」とスミレは、私を睨んだ。

「ただ、訊いてみたかったんだ。シオンのマスターでどんな人なのだろうと思ってさ」


「無神経バカ」スミレは、クリナムの頭を叩いた。

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