第5話 作業場は、帆船の船尾

 着任した次の朝、いつもの様に私は目を覚ました。


 私は、いつも自然と目が覚めた。

 目覚ましのアラームをセットするが、いつもアラームが鳴る前に起きる。

 我ながら、不思議に想う。


 ベッドを抜け出し、顔を洗う。

 歯ブラシを咥えながら、カーテンを開ける。

 もう、太陽が上がっていた。


 天井から足音が聞こえる。

 私は天井を見上げる。

 シオンの足音。


 スミレはと、姿を探したが見つからない。

 私は、急いで洗顔をすまし、2階の仕事場へ向かって階段を上がって行った。

 ノックし、扉を開ける。


 朝日が、目に痛い。

 広い窓から差し込んでいる。

 その窓にシオンとスミレが立って海を見ていたらしい。


「遅いね」スミレが笑顔で私を見る。

 スミレの横には、シオンが笑いをこらえていた。


「おはようございます」先ずは、挨拶だと。

 二人も返事を返してくれた。


 私は、部屋を見渡す。

 大きな窓から海が広がる。

 そこには、大きな机や機器が並んでいる。

 部屋の中央に太い円形の柱がある。

 多分、そこから、レンズや光源のある灯室に上がるのだろう。

 仕事場の奥に、キッチンがある。

 驚いたのは、殺風景な鉄筋コンクリート造りの部屋ではなかった。

 木造で、帆船の中にいる様だった。

 船尾の船長室を思わせる。

 

「この部屋は……」

 私は、驚きのあまり自然と言葉が出ていた。

 シオンは、こちらにと大きな作業机へと呼ぶと、机をタップした。

 机は、大きなデスプレィになっていた。

「この灯台の図面です」と机を指差す。


 灯台の外観が表示されていた。

 3Dなので、クルクルと灯台を回転させた。

 ドローンで灯台の周りを飛んでいるようだ。

 そこで、この灯台が気味様な形をしているのに、また、驚いた。


「船……船ですよね」


 灯台の作業場に船が飛び込んだように見えていた。

 帆船の船尾にある船長室そのものだった。

 気付かなかった。この灯台の全貌に。

 

「そう、船全部じゃないけど、ここは、ある帆船の船尾と同じつくりなの」


「ある帆船?」


「この灯台が出来る事になったのは、この船がここで座礁したから。

 乗組員は、ここの人たちに助けて貰ったの。

 そのお礼として、この部屋が出来たの」


「すごいです。船に乗っている様だ」


「この上のバルコニーは、甲板そのものよ。

 木彫りの像も付いているの。

 船大工が造ったから、船そのものなの」


 シオンは、嬉しそうに説明してくれた。

 この灯台を愛している事が伝わってくる。


「外から見てもいいですか?」

 シオンは、どうぞと頷く。

 私は階段を降りて、灯台の海側に向かった。

 灯台を見上げる。

 灯台に船が突っ込んだみたいな、そんな風景だった。

 長年の風雨にさらされた船体は、堂々とした風格を持っていた。

 その姿に圧倒され、灯台をしばらく見つめた。


 私が、作業部屋に戻ると、シオンがキッチンに居て、こちらにと案内された。

「どうぞ」と渡されたのは、暖かいコーヒーだった。

 続いて、トーストとベーコンエッグとゆで卵。

「ありがとう」思わず笑顔になった。


「これからは、自分で作ってよ」と、アンドロイド姿のスミレが言った。

 食べるのは、人間のあなただけなんだからと。

 私はトーストを頬張りながら頷いた。 


「外見も綺麗だったでしょ」と、シオン。


「わたしは素敵だと思う」スミレが言う。


「風化した容貌は、なかなかだ」私も感想を言う。


「窓から海を見ると、航海しているように見えるでしょう。

 大昔から航海している帆船に乗っているような。

 ここから海を眺めるのもなかなか素敵なのよ」

と、シオンは、遥か向こうの海を見つめていた。


 私はシオンの横顔を見つめた。


 何を見ているのだろうと。

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