第4話 着任初日

「こんにちは」

 私は、背後から声をかけられ、驚いて振り向いた。

 女性の声。


 きれいな海に見とれていたのと波の音やカモメの鳴き声で、人の気配に気付かなかった。


 声の主は、背の高いスレンダーな女性だった。

 首をかしげて、「何か御用ですか」と訊いていた。


「こんにちは、こちらの方ですか?……こちらの灯台守の紹介を受けてきました」

 私は彼女に向き直り、握手を求めた。

 彼女は、微笑んで風になびく髪を手で止めると握手に応じてくれた。

 彼女は、とても冷たい手だった。

 その違和感から、彼女の顔を改めて見つめた。


「わたしは、灯台守の前任者のスタンドのシオンと言います……仕事の引継ぎをいたします」


 私の感じた彼女に対する違和感。

 彼女は、人間ではない。

 ”スタンド”だった。


 スタンドの形態は自由だ。

 彼女は、女性のアンドロイドを選択した様だ。

 持ち主の好みが反映する。


 彼女がスタンドでなければ、

 私がもっと若ければ、

 きっと交際を申し込むだろう。


 私は、どうしょうもないタラレバを考えてしまった。

 

「私は、クリナムと言います。よろしくお願いします」と、頭を下げた。

「おひとりですか?」

「いえ、私のスタンドは車の中に居ます」

 私は、車を指差した。

 

「お疲れでしょう……あなたの部屋に案内します。こちらへ」

 彼女は、灯台の下にある管理棟へ案内してくれた。

 そして、荷物を運ぶようにと。

 私に与えられた部屋は、海を眺めることができた。

 何と贅沢なことだ。

 飾り気のないカントリー調の部屋でベッドや机やタンスがあった。


 車から荷物を部屋に運んだ。 

 一通り荷物を片付けたあと、一番大きなトランクを引き寄せベッドに座った。


 腰をかがめ、トランクを開ける。

 私は、いつもこの瞬間がドキッとする。

 トランクの中には、折りたたまれた人が入っている。

 と言っても私のスタンド用のアンドロイドだ。

 機械的な音をたてて、関節を回し、組みあがっていく。

 私のスタンドの身体が立ち上がる。


「この身体を使うよ」

 トランクを片付けながらスタンドに話しかける。

「……わかりました」

 アンドロイドに、魂が入ったように一瞬震え、ゆっくりと目を開けた。

 キョロキョロと瞳を動かし、正面を向き、私を見つめた。

 私のアンドロイドは、性別のはっきりしない容姿だが少女の姿をしている。


 名は、”スミレ”


「お久しぶりです」

 スミレは、いたずらっぽく笑うと私の方を向いた。


「お久しぶりって、四五時間しか経ってないじゃないか……これを着て」

 スミレに服を投げる様に渡した。


 私は、この時間も落ち着かない。

 アンドロイドとはいえ、容姿が女性である。

 横で着替えているのを見るのが恥ずかしい。

 スミレは、服を着終わると部屋を見回す。

 そして、窓に寄って外を眺める。


「いいところですね」

「ああ、思ったよりいいところだ」

「前任者のスタンドが、美人だから……」

 スミレは、からかうように私を見て笑う。


「何を言っているんだか……さぁ行くぞ」

 心を見透かされていると思うと、気分が悪い。 


 与えられた部屋を後にして、灯台の管理室に入った。

 シオンは、大きな窓から海を見つめていた。

 私たちに気づき顔を向けた。


「部屋は気に入ってもらえたかしら」

「ええ、気に入りました」

 シオンは、私の隣りのスミレを見つめる。

「……そちらのかわいいひとは、あなたのスタンドですね」

「スミレと言います」と言い、チョコンと頭を下げた。


「私の名は、シオン。

 前任者の引継ぎをさせていただきます。

 この灯台の管理の仕方をお教えします。

 勿論、実技も兼ねてです。

 こう見えても、力持ちなんですよ」

 と、にこやかに笑った。

 笑顔もいい。

 

 ”力持ち”その通りなのだ。 

 アンドロイドは、人間の約二倍の強さと力を持っている。

 外見でバカにしてケンカを売ると文字通り、痛い目に会うのは間違いなかった。


「引継ぎは、明日からにしましょう。お疲れでしょう」


 その通りだ。

 車の運転と気疲れでグッタリだ。

 お言葉に甘えて、今日は休もう。

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