第3話 灯台へ向かう

 ポンと言う音が、耳に入る。


 思わずナビ画面に目を落とす。


「休憩しませんか」


 画面にメッセージが機械的に表示された。


 タイマーで表示されるメッセージ。


 街を離れてから、約二時間経っていた。


 たぶん、こんなに運転してんだから、あなたはきっと疲れているはず。


 このまま運転を続けたら、道から外れて側溝に落ちたり、対抗車にぶつかったりと、 いいことはありませんよって言う忠告だ。


 忠告か……


 そういうことをした先人が居るってことだな。


 忠告しているのに、同じことをするヤツが居るってことだな。


 私は、大丈夫。


 たぶん……


 その”たぶん”が、事故の元か…… 


 私は、運転席の窓を開け右肘を窓枠にかけた。

 風が頬を撫でる。

 心地よい海風だ。

 雲一つない青空。

 私の普段の行いが良いからかと、自分で自分を褒めて頬が緩む。


「そんな事ないですよぉ」と頭の中で誰かが突っ込む。

 そんな事を言うヤツは誰かだったか、遠い記憶に検索をかける。


 前を見ながら、助手席のクーラーボックスに手を伸ばす。

 有難い、まだ、冷たいようだ。

「瓶ビールが手に入るなんて、ラッキーだったな」心の中で呟く。

 この時代で、瓶ビールが手に入るなんて信じられない事だ。

 灯台のあるこの田舎でクラフトビールを造る爺さんから手に入れた。

 冷たいビールは、この国でのビールの飲み方だった。

 一瞬だけ、ハンドルから手を放し、瓶の王冠を取り、瓶ビールを口に運ぶ。

 冷たいビールが喉をつたい、食道の在りかを私に教えてくれた。




 遠くにある白い塔が見える。

「あれか」とひとり呟く。

 私は灯台に向かっていた。


 あそこが私の仕事場になる。

 人生、最後の仕事として選んだ。

 人を係り合うのが、面倒くさいと感じていた。

 この辺で、リタイヤして一人ゆっくりと過ごしたかった。

 そして、この仕事を見つけた。

 

 灯台守。


 ぴったりではないか。

 私は、灯台に向かい車を走らした。


 いつの間にか、灯台へ向かう道は、白い道に代わっていた。

 ずーっと灯台まで案内するように続いている。

 タイヤからのときより、何か砕けるような感覚がハンドルを通して体に伝わる。


 気になったので、車を止め、白い道の正体を探る。

 膝をつき、白い道を触る。


 貝殻だ。


 道に貝殻が敷き詰められている。


 手の汚れを払い、車に戻る。


 灯台に向かって運転を続ける。


 道の周りは草原。


 その緑の中を白い線が続いている。


 道の右側に何か広場のような所があった。


 そこに近づいていく。


 畑?


 花畑?


 車を止める。


 その一角は、簡単な柵で囲まれていた。


 門らしきモノがある。


 囲まれた土地には、棒のようなモノや板みたいなモノが整然と並んでいた。


 門らしきモノを見上げると、何やら書かれていた。


 風化が激しく読めない。


 老眼になった瞳を瞼で細めて見つめた。


 ”墓地”


 読める所は、そこだけだった。


 私は改めて周りを眺めた。


 棒や板みたいなものは、墓標だった。


 私もここに葬られるのか……


 こんな景色のよいところに葬られるなら幸せかもしれない。


 そして、誰かが私の墓を訪ねてくれるなら……


 誰かが訪ねてくる?


 なぜ、私は誰も来ないと思うのか。


 変な事を考えてしまった。


 そんなことは無いとうつむいて首を横に振る。


 そうだ、誰も来ないなら、遺骨を海に撒くのもいいな……


 青い海に目を移した。




 私は、暫く墓を見て歩いた。


 墓に供えられた花束や花輪は、涸れてカラカラになってしまっていた。


 忘れられてしまったのか。


 こんな所に来る人はいないか。




 そんな中で、一つだけ綺麗に花が飾られている墓があった。


 しゃがんで、じっと墓を見つめる。


「愛されていたんだな」


 自分でも気づかない言葉を呟いて、車に戻った。



 白い道を進んでいく。

 

 その灯台は、小高い丘の先にあった。


 白い貝殻が敷き詰められた道の終着点。


 灯台の傍に車を止めた。


 少し痛みが走った腰に手を当てながら、車を降りた。


 そこから周囲を伺う。



 青い海、


 青い空、


 遥か遠くにある微かな曲線の地平線が見えていた。


 きっと、あの遥か向こうに陸があるんだな。


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