第14話

コッ――、と。



真新しい革靴の音を響かせて入ってきた人物。




それは私の眸に、いつか見た映画のスローモーションのように映り込んだ。





「今年度から前任の南野さんに代わり、企画部長を務めさせて頂きます、花吹太郎です。誰かの心に残るものを、皆さんとつくっていく覚悟です。与えられたこの立場である前に皆さんの後輩として、一社員として。よろしくお願いします」





そう言って頭を下げ、顔を上げて微笑む。





“部長”。そう呼ぶのには想像を超えてのその若さにか。



室内に入り、ネクタイに手をやりかけて真っ直ぐ前を見やった彼のその仕草に、笑みの似合うこの端正な顔立ちにか。




ざわつく中で、私だけが目を疑った。




目だけにこの驚きを留まらす。


だってここで声を上げるわけにもいかない。



常識を手放さずに、踏んだ。




昨日、寝癖を放って、優しくにこやかに笑った彼とは似ても似つかないくらいには雰囲気が違うけど。



スーツを驚くくらい着こなしていても、聞いたばかりの声と名前が私の中にこだましていた。




彼は私に気が付き、同じことを考えたのかどうかは分からない、が。




「どうも」




それだけを周囲にバレないくらいの小声で発したかと思うと、軽く会釈をした。




それだけ。





本当に、それだけだ。

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