第13話

「よし」


「うっす」



厳めしい顔付きの上司に、ゴマを擦ることもまだ知らないような若々しい社員が続いて頷いた。


上司は気にしていない。なんだか微笑ましい。



彼も新入社員かなと思っていると、隣の席に着いた河合ちゃんが「辞めないといいですがねェ……」とブラックな横顔を見せた。



その横顔に思わず目を点にしていると、彼の声が会議室一帯に響き渡る。




「今年度から皆さんと一緒に働かせてもらいます、関っす!!」



キーン、と。

カラオケ映えしそうな声量、明るい声が書類に目を通していたり会話中だった上司たちを一斉に自分の方へ向かせた。




「まだ配属決定していないし会社デカいし、まー滅多に会えないとは思いますが!会ったら宜しくお願いします!」



恐らく、「挨拶しろ」とでも言ったのであろう隣の上司さえ、びっくりしている。




「はい、じゃっどーぞどーぞ」


緊張どころかきらきらと輝く彼は、難なく上司に手を向け自分の話を終えた。




彼の傍の席に着いていた上司が、笑いながら「この会社の人事はほんと毎回良い人選をするよ」と言ったことで会議室が沸き立つ。





「ああ。ゴホン、昨年度まで仕事を共にした南野さんだが、周知の通り昨年度で定年退職された。ということで新しい企画部長を紹介する」





持ち直す上司の説明を聞いて、そうだ、とはっとする。




これから“南野さん”いないんだ。




私は入社してすぐ、まだガチガチに緊張していた頃から南野さんというおじさん――企画部長には本当に、本当にお世話になった。



右も左も分からなかった私たちに、時に厳しく、時に優しく社会のイロハを教えてくれた上司である。



大好きだった南野さんのいない席が、酷く寂しい。




河合ちゃんもそう思っているのか、同じように南野さんがいつも座っていた席に目をやっていて。




その視界の奥で上司が開けたドアの向こうの誰かに、入っていいと声をかけているのが見えた。







数秒後、改めて開かれたドア。



男性が身に纏う、スーツの切れ端が明るみに出た瞬間目を疑った。











「新任、花吹だ」

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