第11話
朗らかに笑う花吹さんを見て、「新社会人でしたか」と呟く。
「はい」
「おめでとうございます――あ、お茶持ってきますね。……緊張してます?」
「え」
席を立ちながら、言葉を詰まらせた彼を不思議に思って振り返った。
「今……ですか?」
思わず私も、え、と零す。
「あ、えと、社会人の方で聞いて」
「……。すみません、失言でした」
首に手を持っていき、ん゛っと唸る花吹さんの耳の端が紅く染まっていた。
「緊張、します」
仕切り直して小さく囁く彼が、目を合わせて微笑むから。
また窓の外から、まだ少し冷たい春風が香ったような気がした。
どこに勤めるのだろうと思ったけど、そこまで踏み入れるのもあれかなと思い、聞くのを止める。
「頑張ってください」
キッチンから戻ってきて、烏龍茶を注いだコップを彼の前に置いた。
「ありがとうございます」
「助けになることがあったら、気兼ねなく言ってください。むしゃくしゃするようなことに文句言うのもありなので。友達に話すのに間に合わなかったら」
含めた冗談の、割に合わない笑顔を魅せた彼はコップを手に取りながら言った。
「壁の件の、恩返しが先ですね」
「え。いいですいいです」
「だめです。お詫びって何ですかね……お菓子とかよくありますけど、それじゃ気持ち的に足りないから」
「お菓子もケーキも好きです」
「欲しいものとか」
欲しいものって。
真顔で答えさせていただくと、リップがきれそうだから買いに行こうと思っていたのだけれど。流石に、そういうことじゃないだろうし本当、気持ちだけで充分。
コップから顔を上げた彼は、食器をキッチン前のカウンターまで運びながら口を開いた。
「ほんと、困ったことがあったら呼んでください」
「はい」
「……今一番困るのは僕が壊した壁ですよね……ごめんなさい」
「ははは」
それは笑うことしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます