第9話

ふと、お隣さんのことが頭に浮かぶ。



彼を通り過ぎた頭の中は段ボール箱が散乱していた様子を映し出した。お昼大丈夫かな。フライパンとか出したのかな。




そんなことを考えているうちに足はベランダへ向かっていた。





穴を潜って他人の家に入るのに抵抗はあったものの、思ってもみなかった便利さにそわそわしつつベランダに顔を覗かせる。



段ボール箱を片付けていた彼はすぐに気が付いた。




「どうしました?」



そう言って窓を開けてくれた時には着替えていて、乾いた髪が窓から入り込む春風に遊ばれている。




「お昼ご飯、もしよかったら一緒にどうですか」


「えっ」



彼を見て感じる春風が微笑ましいと思っていたら、明るく変わる表情。



いいんですか、お昼どうしようと思っていてと続けられ、それに頷くと彼の眉尻が下がった。



「あ、まだこの辺りあまり把握できていなくて役立たずだと思いますが」



「あ」


「?」


「すみません、もう途中まで……家、ですがだめだったら」



「だめ、というか。一応男ですけど大丈夫ですか?」



気を遣ってくれたと分かるけど、きょとんとしたまま口にされた言葉に思わず固まってしまう。



「は、い」



戸惑ったままそう答えると、ふと緩んだ花吹さんの表情が大人っぽく映った。







「おじゃまします」


「どうぞどうぞ」



席に着いた花吹さんを通り過ぎ、キッチンで手を洗いながら若干自分のお節介を恥じつつ、その後炒めた菜の花のチャーハンを食卓に運んだ。



「美味しそう……本当、ありがとうございます。迷惑ばかりかけてしまってるのに」


「そんなこと」



申し訳なさそうな彼に笑って、向かいに腰を下ろした。




「いただきます」



彼は男の人にしては長く綺麗な指を、手前で重ね合わせる。




「いただきます」


私もそれに続いた。

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