第8話

笑う彼を見たら壁のことも、何だか困った隣人の困った話で済みそうな気がしてきた。



私は先のことも予想せず。




「有難いです、お隣さんが優しい方で」



途切れかけた話が続けられて、彼がどんな表情をしているか見ずにいやいやと困って笑みを浮かべる。



「優しいひとは、自分で優しいって言わないから」



ふわりとした笑顔のように口にされた言葉が、贈りものみたいに耳へ届いた。




なんだろう。


この人が持つ独特の、癒されるような空間は。




「名前」



そう切り出した彼に、え、と顔を上げる。



「言い忘れていました。改めて707号室に越してきた花吹太郎です。こちらからご挨拶に伺えずすみません」



「宇乃、灯です」



言ってから、何て素っ気ない反応をしてしまったんだと思って即行反省。けど彼は微量の好奇心を含んだ眸を向けていた。




「何かあったらすぐ言ってください。雷が怖いとか、ゴキブリが出たとか、変な虫がいたとか……泥棒は、ないかもしれませんが」



突然真剣な顔で言い始める彼が視界に入ると、自然にふと笑みが零れる。


それを見た彼はきょとんとしたけれど。



「お隣さんですから」


その言葉はやっぱり、ふわりと柔らかい笑顔で返すのだった。











それから部屋に戻った私は、貴重な日曜日を大切に過ごさなきゃという焦りを抱えつつ、取り敢えず家事、掃除、時々テレビで時計の短針が12を指す頃顔を上げた。

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