第13話 招待される

 コロニクスは、カラスの姿で高い樹の上にとまり、あの三人組を探していた。

 目を凝らし、じっと耳を澄ます。


「カーカーカー」仲間からの連絡を待つ。

 焦ることはない、時機に見つかるさ。


 コロニクスは、広大な大地を見渡す。

 白い塔に行くには、この道しかないのだ。

 真っすぐな一本道。

 ただ、じっと眺める。


 この視界の中に必ず動くものがあるはずだ。

 風とかじゃなく、他とは全く違った動きをする者が。

 それは、自然に生きる者が持つ能力。

 動きを察知する能力。


「見つけた……」

 コロニクスは、大きく息を吸い込むと飛び立った。

 動く者へと一直線に。


「んっ」三人ではなく、四人だ。


 あれは、”メトセラ”ではないか。

 なぜ、一緒に居るのだ?。

 近くの樹の上にとまって様子を見る。

 メトセラがこちらを見て指さしている。

 バレたか?さすが、樹の王だ。


 コロニクスは、四人の上を円を描き滑空する。

 真琴たちは、警戒し身を隠しているが、上空から見られているのでバレバレだ。

 構わずコロニクスは、傍に降り立った。


 歩を進めていく度にカラスから人型へ姿を変えていく。


「いやぁ、諸君……出てきてくれ、話がある」


 草むらに隠れていた真琴たちは顔を見渡すと、身構えながらゆっくりと腰を上げた。

 コロニクスは、その様子を見てすぐに言った。


「何もしないから安心したまえ……おやおや、これは樹の王メトセラ様」

 コロニクスは、膝を折ってメトセラに挨拶をした。


「なぜ、こやつらと一緒に?」メトセラは、堂々とし仁王立ちしている。

「爺さんに頼まれてな」

「また、爺さんか……この件を教えられてないのは自分だけらしいな」

と、気分を悪くしていた。

「お前さんが、遊びまわってるからじゃないのか?」

 メトセラがからかう。

「遊びではない……巡回しているのだ。変な奴らが来ないか見張っている」

 と言って真琴たちを睨んだ。


「僕らは変な奴らじゃない」真琴が、苛立ちながら言う。

「わかっているさ」と呟くと、突然、姿勢を正した。


「グベルナ様の命により、お前たちを白い塔に招待する」


 グベルナ様?


 ”誰?”と真琴たちの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

 

「グベルナ様は、白い塔の王だ」とメトセラが教えてくれた。

 真琴たちは、考える。

 全く分からない所へ行っていいのかと。

「ここは、大人しく招待されよう……その方が安心だ」メトセラが助言する。

「わかりました。仰せのとおりお伺いいたします」と真琴。

 そうだとコロニクスが頷く。  

「どんな乗り物がお好みかな」


「乗り物は……馬車がいいわ」

 直ぐに反応したのは、絢音だった。

「馬車ぁ……」真琴と響介が同時に声した。

「一度、お姫様が乗るような馬車に乗ってみたかったの」絢音が小声で呟く。


「では、その馬車というものをイメージしてごらん」

 コロニクスは、絢音を見つめた。

 絢音は眼をつぶって、心の中に馬車をイメージする。

 小さな頃から、目にしていた憧れの馬車を。

「わかった」

 コロニクスは呟くと懐から三十センチほどの筒を取り出し、地面に刺すと、筒から出ている紐に火をつけた。

 筒は、もくもくと煙を出し、あっと言う間に空に上がり破裂した。

 花火の様だ。

 真琴たちは空を見上げる。


 コロニクスは、「では、その乗り物で迎えにくる」と言い残すと上空へと姿を消した。



「グベルナ様?」絢音がメトセラに問いかける。

「会ってみるがいい……私は好きだが。

 どんな馬車か楽しみだな。馬車なら楽ちんだな」

 メトセラは、優しく笑いかける。 




 暫くすると、白馬四頭立ての馬車が現れた。

 その美しさに三人とも言葉を失った。


「お姫様みたい」と絢音は、白馬や馬車を触りまくり、勝手に扉を開けて乗り込んだ。

 馬車は、ゴトン、ガタンと音を立て動き出した。


 馬車の窓から、流れる景色を眺める。

 規則正しい揺れる馬車は、揺り籠のように真琴たちの不安をかき消していった。


 真琴が、眠たそうな目をしている。

「見たもので、頭の中がいっぱいさ。ちょっと疲れたかな」

「僕も色々な音で、楽譜でいっぱいなのさ」

「私も情報で頭がいっぱい」

 ふわふわの座り心地は、真琴たちを眠りに誘い込んだ。

 幼稚園の頃のお昼寝タイムのように。




 真琴は、校庭の朝礼台に座っていた。

 校庭では、子どもたちが走り回っている。

 天気は良いが、それ程乾燥していないため、風で砂埃が舞うほどでもなかった。

 まだ、この校庭には土がある。

  

 真琴は、スケッチブックを開くと校庭を見渡していた。

 今日は、動いている人を描こうと思っていた。

 じっと見つめる真琴。

 真琴は、見たものをそのまま記憶することができた。

 写真のようにだ。

 だから、家に戻ってからでも絵の続きを描くことができた。

 みんなそうだと思っていたが、友だちの話を聞くとそうやら違うらしい。

 真琴だけが細かく覚えていて、絵をおこすことができた。

 だだ、とても頭が疲れてしまい、その日は朝までぐっすりと寝てしまう。


 真琴は紙に描きおこす。

 2Bの鉛筆は、止まることなく画用紙の上を動き回る。

 真剣に描いている真琴の前に、三台の自転車が止まった。


 自転車をその場に倒して停めると真琴の絵を後ろから除きこんだ。

「絵を描いているんだ」クラスの男子だ。

「なんで、絵なんか描いているんだ?」

「ちょっと、絵がうまいからって、いい気になるなよ」

 真琴には、何を言っているのか理解できない。

 別にいい気になんてなっていない。


 あっと言う間に、真琴のスケッチブックを取り上げ、絵を破りだした。

「何するんだ!」


 三人相手では、何も手が出せない。

 無残にも破り捨てられた絵は、校庭に散らばり風で飛ばされていく。

 真琴は、散らばった絵を見つめている。


「絵なんかうまくたって食べていけないってさ。絵が描けたって、何にもならないだって」

「やめちゃえよ、そんなの」

「進学テストにも出ないのに、絵なんか描いてさ。キモイんだよ」

 次々と真琴に心無い言葉が浴びせて、行ってしまった。


 真琴には、『絵を描くこと』と、『食べていけないこと』との繋がりが良く分からなかった。

 全く別のことだと思ったから。


 今の真琴にとっては、食べていけるか、いけないかは、どうでもいいことだった。

 だって、絵を描くのが、とても楽しかったからだ。


 手が勝手に動く。

 目で追ったものがそのまま絵となる。

 真琴には、ただ、好きで描いているだけなのに、そんな事を言われるなんて理解できなかった。

 絵を描いている時間が、何もかも忘れて描いている時間が好きだったし、うまく描けた日はとてもうれしかった。


 真琴は、去っていく自転車三人組をじっと見つめていた。

 完全に姿が見えなくなると、真琴は、スケッチブックを拾い上げ汚れをはらい、ゆっくりと千切れた絵の切れ端を拾っていく。

 真琴は、悲しかった。

 僕はいけないことをしているんだろうか?


 この前の図工の時間に真琴だけ先生に褒められたのを思い出した。

 その時の男子の顔が浮かぶ。


「これ」と言って、やぶれた画用紙の切れ端を差し出された。

 幼稚園からの友だちの響介だった。

「見てたよ、間に合わなくてゴメン」

 真琴は、切れ端を受け取りジグソーパズルのようにはめ込んだ。

「あいつらの言う事なんか関係ないさ。お前はそれでいい。描くの好きなんだろう。

 描き続けていれば、それは、お前の絵になる。絵をみて、誰でもお前を思い出すことになるさ。

 あの子たちと同じところに居なくていいんだよ。

 自分が居心地のよいところに行けばいいんだ」


 いつの間にか、絢音も来ていた。

「絵を描けるのがうらやましいのよ、あの子たち」

 この前の図工の時間に真琴だけ先生に褒められたのを思い出した。

 その時の男子の悔しそうな顔が浮かぶ。


「大丈夫よ、真琴」

 下を向く真琴の耳元でささやいた。

 二人が傍にいるとちょっと泣けてきた。

「そうだね」

 真琴は、顔を上げた。

「大丈夫さ」

 そこには、響介と絢音の笑顔があった。




「……真琴、大丈夫?」

 絢音の声が、遠くからだんだん近くに聞こえてくる。

 真琴は、目を開けると絢音と響助が覗き込んでいた。

 真琴は、目をぬぐった。どうやら泣いていたらしい。


 周りを伺う。

 ここは馬車の中だ。


 夢だった。


 真琴は寝返りをし、二人に背を向けて涙を拭いた。

 絢音は真琴の背中を優しくさすってくれた。

「ありがと」真琴は、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いた。

 真琴は、涙が止まらなかった。


 ガタン。


 馬車が止まった。

 響介が、馬車の窓から外を伺った。

「着いたようだ」


 そこは、白い塔の下だった。



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君の頭の中の宇宙から零れ落ちた小さな欠片は、生物としての人間の未来を築き上げるメッセージだ リュウ @ryu_labo

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