第10話 白い塔を目指して(絢音と響介)

 白い塔までの道は、車が一台通れるかくらいの幅だった。

 一本道で、河川敷によく見かけるような道だった。


 真琴たちに力強い仲間が加わった。

 一緒に目的地に向かうなんて、まるでアドベンチャーゲームようだ。

 可笑しくて、頬が緩む。


 王様と一緒に旅をしたなんて、誰も信じてくれないのは確かだ。

 考えただけでも真琴たちは、楽しくなってしまう。

 ピノッキオのような風貌が興味をひかないわけが無い。

 珍しくて、気持ちは、はしゃぎ気味だ。


 メトセラを真ん中にして、真琴たちが代わる代わるメトセラの横を歩いた。


 しばらくの間、メトセラは、真琴たちの容赦のない質問を浴びていた。

 段々とネタもつきて、やがて二人ずつ並んで歩くようになっていった。

 そして、今は、真琴と樹の王、絢音と響介に分かれ、距離が開いていった。


 響介は、前を歩く真琴とメトセラを見ていた。

 二人は、なんか楽しそうに話している。


「気が合うんだな、あの二人」

「そうね、見た目がマーベルの映画みたい」と、絢音。

「どこかで見たことあるよ」

 響介とこんなふうに気軽に話せるなんて、思ってもみなかった。


 幼稚園の頃は、真琴たちは楽しく話していた。

 何を話していたかは、よく思い出せないけど。

 とにかく面白かった。

 いつも笑っていた気がする。

 響介は、誰とでもすぐに友達になれる真琴や絢音を羨ましく思っていた。

 一緒に居られたのは、小学校までだけど。

 大切な友達だった。


「響介・・・・・・」名前を呼ばれた。

 横に居る絢音に目を移した。

「なに?」絢音は響介を見上げた。


 絢音は、幼稚園の時の響介の面影を探していた。

 あの頃は同じくらいの背だったのに。

 今は、見上げないとならない。

 どこか頼りなさそうな子だったのに、こんなに大きくなりたくましくなってしまった。



「私のこと、覚えてる?」

「覚えてるよ……名前を聞いた時に、もしかしてっと思った」

「名前を?」

「そう、浮浪者と戦っていた時、真琴が呼んでた」

「あっ、あの時ね……覚えていてくれて嬉しい」

 絢音は響介の左腕にしがみついた。明るい笑顔が覗いている。

「僕も嬉しいよ」

 響介は、絢音の行動に照れてしまう。


「響介、小学校の時、転校したよね」

 絢音は、転校した理由を訊きたかった。

「ああ、大人の都合ってヤツさ」

「ふううん」絢音が口を尖らす。

「ゴメン、何も言ってなかったね」

「いいんだけど、悲しかった」

「引っ越してからあまりいいことも無かったしさ……」

 響介は、うつむいた。

 これ以上、訊いてはいけないと絢音は話を変えた。


「バスケやってたなんて、びっくりしちゃった」

「そう、バスケのアニメ観てたら、好きになっちゃって」

「人気のアレね……実は、高体連で見つけて驚いたわ」

「声かけてくれたら、よかったのに」

「あなた、すごい人気者だったの。そんなことしたら推しの人たちに殺されちゃうわ」

 ”殺されちゃう”この単語で二人は現実を思い出してしまった。


「死んだんだよね、私たち」絢音が響介を見上げる。

「そうらしいね」

「でも、こんなにピンピンしているのに」

「あっちの世界では、死んだんじゃない」

「あっちの世界か……」

「そう、あっちの世界」

「多分、あっちの世界では大騒ぎさ……だって電車に轢かれたんだぜ」

 絢音は、電車に轢かれた自分を想像して、背筋に冷たいモノを感じていた。


「死ぬなんて思わなかった」

「誰も思わないよ、そんな事」

 響介が悲しそうな視線で遠くを見つめながら言った。


「三年前、親父が死んだんだ。

 あっという間だった。

 そん時、思ったんだ。

 みんな、いつかは死ぬんだって。

 親父、仕事であまり家に居なかったから、母さんが出ていったんだ。

 それから、更に親父、変わっちゃって。

 やたら早く帰ってきて、母さんを探しに出かけるんだ。

 親父のヤツ、寂しそうだったし、小さくなっちゃたんだ。

 そんで、心筋梗塞ってヤツで死んじゃった。」

 絢音は、言葉を探していた。


「時々、思うんだ・・・・・・。

 なんで、人は急に亡くなるんだろってさ。

 気持ちの準備が出来ていないから、どうしていいか分からなくなる。

 あまりにも突然すぎる死は、悲しむ気持ちさえ沸かない。


 後から、その事実を認めた時、悲しみがやってくる。

 だからさ、そんなことにならない様にさ。

 死が近づいてきたら、少しずつ体が透けてしまえばいいと思わない?

 少しずつ、透明になっていって、最後は無くなっちゃうんだ。

 そうしたら、自分や周りの人が死ぬのが分かるから、準備ができるじゃん。

 ある日、普段どおり話をしていて、

 「ねぇ、そうだよね」と振り返ると消えていなくなったら、

 お互いに悔いが残らないと思わない?」

 響介は、相変わらず遠くを見つめている。


「響介・・・・・・」

 絢音は、響介の腕を引っ張った。

「なに?」

「しゃがんで」

「えっ」

「しゃがんで、早く」

 響介はゆっくりと絢音の前にしゃがんだ。

「こう」

 と、響介が言いかけたとき、絢音は響介を抱いた。

 やわかい胸が響介の顔に当たる。

 時間が止まったようだ。


「大丈夫よ、ずーっと私が居てあげる」

 絢音の声が響介の耳に届いた。


 絢音は、自分の両親の事を考えていた。

 仲のいい親だった。

 私が死んでも、きっと二人で乗り切ってくれると信じている。

 乗り切ってもらわなければ、困る。

 あの二人なら、大丈夫。

 思わず響介のシャツをギュッと握っていた。

「お母さんやお父さん、ショックだろうな」

 絢音が呟く。


「だろうな。親より先に死ぬなんてな」

「親不孝?」泣きそうになっている絢音。

「でも、仕方ないだろう。死んだんだ。受け入れてもらわないと」

 今度は、響介が絢音を抱いていた。

 大切なモノを守る様にからだ中で絢音を包み込んでいた。


「何してんだぁ!」

 真琴が振り返って手を振っている。

「何でもない!」

 絢音は、少し顔を赤らめて、前の二人の方に走っていた。

 そんな絢音を響介は、見つめていた。

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