第9話 樹の王「メトセラ」

 カラスから逃げ、この森を目指し、どのくらい走っただろか。


 森の傍の丘に大きな樹があったので、真琴たちは「そこで休もう」と目で合図した。


「もう、ダメ」と言って、絢音が石の上に座った。

 響介は、その横に大の字になって寝ころんだ。

 真琴は、腰を折り膝に手をあてながら息を整えていた。


「……大…丈…夫…かな……」


 真琴は、腰に手をあてて振り返り、走ってきた方向や空に目を配っていた。


 少しの間息をひそめて様子を伺う。

 誰も追ってくる気配がないことを確認していた。

 

「来ないな」

 真琴は、同意を求める様に絢音と響介の顔を見た。

 二人は、頷いた。

 真琴たちは、呼吸をすることを思い出した様に大きく息をした。


「響介、ここに立って」

 絢音は、岩に座りながら、自分の前の地面を指さした。

 響介は、言われた通り絢音の前に立った。


「くるーっと回って」絢音は右手の指先を下に向けるとくるっと円を描いた。

 響介は、それに合わせて一回転した。

「いいわ、次は、真琴」真琴も響介と同じ様に回ったした。

「怪我が無いようね」


 絢音は、腰かけていた岩の上に立ち上がると、クルッと一回りした。

「どう?何ともない?」

 二人とも目の位置が絢音の腰に当たり、つい、目が奪われて返事が遅れた。

「何ともないでしょ」

「ああ」真琴と響介は顔を見合わせた。


 響介は、石から降りようとした絢音の腰に手を添えると軽く持ち上げた。

 絢音は、驚いて響介を見つめる。

 二人は見つめ合ったまま、時が止まる。

 響介は、絢音をフワッと優しく地面に降ろした。

 バレエのリフトのように。


「ありがと」と絢音。頬に少し赤みがさしているように見えた。


 真琴は、二人の表情と動きに見とれてしまった。

 この光景は、真琴の頭の中に刻まれた。

 描くことが得意な真琴は、目にしたものを写真の様に記憶してしまう。

 だが、普段から気が利かないと言われることが多い真琴は、響介の行動に嫉妬してしまう。


「や、奴らは、何なのかしら?……」絢音は照れ隠しの様な声を発した。

「彼らは、何しに来た?って、訊いてた」

 真琴が、恥ずかしそうな絢音の様子に気付いていないと言う様に呟いた。


 その時、響介は大きな樹を見つめていた。

 なぜか、気になっていた。

 樹周りをひと回りすると、吸いつけられるように樹の上を見上げていた。


「響介、どうした?」真琴が声を掛ける。

「あの時、樹が助けてくれたように見えたんだけど……枝がびょーって伸びてさ」

 響介が、”びょー”に合わせて両手を広げた。


「……助けてくれたのかしら」

「そうかも……」響介は、幹に耳を当てじっとしている。


「何か聞こえる?」絢音が響介の顔を見上げる。


 真琴たちは、改めてその大きな樹を見上げた。

 ねじれた幹や枝は、長い間の風雪に耐え抜いた力強さを訴えていた。


「すごい樹だね、きっと樹の王様だね」響助は、幹を平手でピシピシと叩いた。


「そのとおり!」大きな声が聞こえた。


 真琴たちは、驚いてその場に伏せた。

 そして、きょろきょろと周りを見回したが、姿が見えない。


「何処を探している、ここだよ」

 また、声がした。

 声は、樹の中から聞こえるらしい。

 真琴たちは、素早く身構え、樹から離れた。


「樹がしゃべった?」

 真琴が驚いていると、また、声が聞こえた。


「何を驚いている。ちょっとまて、そこにいくよ」


 地面に座っている絢音のお尻のあたりがもぞもしたので、立ち上がった。

 もぞもぞしたあたりを真琴たちが見つめる。

 

 地面が盛り上がり、双葉がチョコンとでると、更に土が盛り上がり、人型の樹が出て来た。

 背は、大人くらいだ。

 真琴たちは声を出すのも忘れて見入っていた。

 身体の土を払うと歩いて真琴たちの前に来た。


「この方が、話やすいだろ。私は”メトセラ”、樹の王だ」

 樹がしゃべった。

 真琴たちは、樹を足の先から頭の天辺まで舐めるように見つめた。


「なんだよ!今度は人形かよ」響介は慌てて真琴の口を塞いだ。


 響介がメトセラに訪ねる。


「あの時、僕を助けてくれたのは、あなたですか?」


「そうだ。爺さんに君らのことを助けるように頼まれていたからな」

 メトセラが答えた。

「爺さん」真琴が思わず復唱した。


「そう、爺さんだ。

 私が生まれる前から居たから、爺さんと呼んでいる」


 地下鉄の駅で会ったお爺さんの事だろうか。


「君たちがここに来たのは知っていた。

 来たばかりなのに、トラブルとはな……つい手を出して助けてしまった」


「ありがとうございました」と響介が頭を下げる。


「僕らが来たことはどうやってわかったのですか?」真琴が興味深く訊いた。


「君たちの足の下には、何があるかね?」

 メトセラは、微笑みながら下を指差した。

「じ・め・ん……」

 真琴が足元を見ながら呟くように答えた。

「そう、地面だ。それでは、地面の下には何がある」

「……土」


「土だけじゃないいんだ。

 私たちの根や昆虫や動物もいるのだ。

 君たちの体重が地面を押すと地面の下にある植物の根を強く押すことになる。

 それで、君たちの人数や体重が分かる。

 君たちが歩けば、体重のかかる位置が変わる。

 歩く速度、足の裏の体重のかかり方から、大体の大きさや運動能力だってわかるのさ」

 分かったかなと真琴たちの顔を一人ずつ見回した。


「根や虫たちから、君たちが来たのを知ったんだ。

 最後にモグラが教えてくれた。

 ああ、それから……先ほどのカラスとの一戦は見事だったよ。

 だが、もう少しだな……もっと、君たちは力が出せる。

 この世界に慣れるまで私も一緒に行くよ。爺さんに頼まれたからな」

 と、メトセラは遠くにそびえる白い塔を指さした。


「それじゃぁ、行こうか?」


 真琴たちと樹の王メトセラは、遥か向こうそびえる白い塔に向かって歩き始めた。

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