第8話 カラス

 大きなカラス。


 艶がある黒紫の美しい羽。


 ある国では、この大きなカラスをヤタガラスと呼んでいた。


 ”神の使い”と言われている。


 そのヤタガラスが、あたりで一番大きな樹の上から、地上を眺めていた。


 縄張りの確認。


 それは、動物にとって一番大切な仕事。



 誰か来る。


「カー、カー、カー」と鳴いて仲間に知らせる。


 注意深く様子を伺う。

 昆虫たちは、騒がしくないか?

 小鳥たちは、騒いでいないか?

 動物たちは、鳴いていないか?、移動していないか?

 草木たちの動きはないのか?


 草木たちは、反応していた。


 地面を踏むと地面は振動する。

 音も地面を振るわせる。

 同じ波動だからだ。

 

 振動は、木々の地中に張り巡らせた根に伝わる。

 伝わった情報を根や枝葉の接触や匂い発して、仲間に知らせる。

 遥か遠くの仲間にまで伝わる。


 それは、生き残るため。

 木々だけでなく、地中にいる動物も察知し、自分たちの仲間に知らせる。

 みんな、生き残るためだ。


 木の枝が振動し、すでに森の匂いが変わっていた。


 カラスは、樹の根本に降りて地面をじっと睨み、精神を集中した。

 少し地面が膨らんだ。

 それを見逃さずに素早く、くちばしを膨らみに差し込んだ。

 くちばしが、何かを捉えた。

 カラスが、えぃと土から何やら引きずり出し、土をほろった。

 毛むくじゃらで、ずんぐりとした身体、短い尻尾、大きな手、小さな目、ちょっと長めの鼻がぴくぴくと動いていた。


「離せよ、痛いじゃないか」

 声を発したのは、モグラだった。

 カラスは、モグラを地面に降ろした。


「聞きたいことがある。何があった?知っているんだろ? 教えろ」


「……それがものを訪ねる態度かね?」

 モグラは、腕組をしてカラスを見上げたが、カラスの睨みつける目をみて視線を下に落とした。


「……教えてやってもいい……ぞ」 

 早く言えとカラス、くちばしでモグラを軽く突いた。


「わかった、わかったよ……教えるよ。地下鉄の出口に誰か来たようだ。

 それは、植物でも昆虫でも鳥でも獣でもない」


「植物でも昆虫でも鳥でも獣でもない?……人間か?」

 カラスは、あっと言う間に樹の天辺に飛び上がり、地下鉄の出口を見た。


 確かに何かいるようだ。

 カラスは、仲間に集合の鳴き声を上げると、地下鉄の方に飛び立った。


 カー、カー、カー。

 カラスたちの声が聞こえる。


 真琴たちは、危険を感じて草むらに身を隠した。


 カラスたちが真琴たち隠れたそばに降りてきた。


 カラスの足が地面に触れ、ニ、三歩、歩くと、カラスは人型に姿を変えていた。


 真琴たちは、驚き自分の口を手で覆い大きく目を開きお互いに顔を見合わせた。

 声を出さないように。

 声を出してはいけない。


 大きなカラスは、リーダーなのだろう。

 鋭い瞳と高い鼻、薄い唇、綺麗だが冷淡さを感じさせる顔は、少し顎が上がっていた。

 黒い紫に光る服は、気高いカラスそのものだった。

 後ろの二人は、黒いヘルメットを被っていた。部下なのだろう。


「そこに居るの分かっている!」

 リーダーであろうカラスが近づいてきた。


「見つかっちゃった……」

 真琴たちは、顔を見つめあう。

 真琴と響介が、判断に困っているのをみて、絢音が頷いた。


「どうしょう?えーいい」

 絢音がゆっくりと立ち上がった。二人も少し遅れて立ち上がる。


「やはり、人間だな……」

 カラスは、三人を見渡して言った。

 上から目線だ。


 真琴は、カラスが嫌いだった。

 ゴミステーションを荒らしたり、コンビニ袋を持った女性を狙ったり、巣の近くを通っただけで襲ってくる。

 何もしていないのに、攻撃してくる。

 輩、そのものだからだ。


「カラス人間なのか?」と、真琴が訊いた。


「カラス人間?失礼な……、やめてくれ……。お前たちと一緒にするな」

 リーダーらしきカラスが、答えた顎が上がっている。

「なぜ、ここに居る?」

「わからない……、気付いたらこの世界に来ていた」と真琴。

「答えになってないな。それじゃ、一緒に来てくれないか?」

 と、リーダーらしきカラスが、顎で他のカラスに合図した。


 来る。


 それは、本能と言うモノだろうか。

 身に起ころうとする危険を感じた。


 カラスたちは、一斉に飛び上がって襲いかかる。

 

 一羽目のカラスが絢音に近づく。

 絢音は、カラスをギリギリまで引き寄せた。

 絢音は、直進してきたカラスを右に身体をかわし、頭にハイキックを食らわした。

 カラスは不時着する飛行機のように土煙を立てて地面に転がった。


 いける、私たちは強い!


 絢音は、真琴と響介に目で合図した。

「なにっ」

 リーダーのカラスは、その光景を見て言葉を飲み込む。


 二羽目は、響介の頭上にくると足の指を広げて急降下し襲ってきた。

 咄嗟に響介は、両手で顔を守った。

 その時、カラスと響介の間に大きな木の枝が割り込んできた。

 カラスが、木の枝に絡まり動きが取れない。

 すかさず、響介はジャンプしカラスの足を掴んで地面にたたきつけた。 


 真琴は、リーダーのカラスに石を投げつけていた。

 自分でも驚くほどの速さで石は飛んでいった。

 大リーガーのレーザービームのように。

 見事、命中した。

 リーダーのカラスは、大きな羽を広げ盾にしていたので効果がなかった。

 真琴は、いくつも続けて石を投げ込む。

 時間稼ぎだ。

  

「あの森に行こう!」

 響介が指さす。


 絢音と真琴は、頷くと森を目掛け駆けだした。

 三人は、後ろを振り向く事もなく、ただ、走り続けた。

 ヒューヒューと風を切る風の音が耳に入る。

 自分でも驚く速さで走っていた。

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