第6話
「多くの反対があったのでは?」
他人の幸せというものが、どういうものなのかは分からない。
他人の幸せなのだから、他人に尋ねてみるしか答えを得ることはできない。
「……ありがとうございます、悠真様」
「蝶が、人の記憶を奪うのは本当の話……ですよね」
「君の知らない世界では、多くの被害が出ている」
「真実をお話ししてくださり、ありがとうございます」
それでも悠真様の幸せとはなんなのかを考えてしまうのは、私の日常に悠真様が入り込んでしまっているからだと思う。
こうして悠真様の傍にいる毎日が、私にとっての当たり前になっていくのかもしれない。
「私は蝶と話すことができますが、特別に蝶と仲がいいわけではありません」
ただの薄紫色の蝶々なら良かったのに、紫純琥珀蝶はただの蝶々になることができなかった。
「なので、私もよくわかっていません」
蝶たちから、普通の人に蝶を狩ることはできないという話を聞いている。
「蝶が弔うべき存在なのか、ぞんざいに扱うべき存在なのか」
焼き殺すこともできない。毒薬なんてものを開発しても、それらはすべて無意味に終わってしまうと蝶たちは話していた。
「人々の記憶を奪うというのが本当なら、蝶を駆除すべきだという意見をお持ちの方がいることも理解できます」
蝶を狩ることのできる人がいるというのは、悠真様と出会ってから初めて知ったこと。
蝶は何も教えてくれなかった。
外の世界には、危険な人間がいるということを。
「蝶は、私に味方をしろとも言っていません」
普通の人に狩ることができないという蝶の話が本当なら、悠真様と字見さんは特別な力を持つ方だということ。
容易に代わることができない、貴重な存在ということ。
「私が選んでいいのだと……勝手に解釈しています」
広がる紫たちを、優しく見守ってくれている青い空へと目を向ける。
昼の時間帯に、紫の蝶が飛び交うことは滅多にない。
薄暗い時間帯になって、ようやく蝶たちは目を覚ます。
どんなに空へ熱い視線を注いだところで、きっと蝶の姿は見つけることができない。
私は蝶に、何も尋ねることができないということ。
「悠真様」
「ああ」
「私に、北白川のために、多額のお金をください」
これが本心かと問われても、私はきっと答えを返すことができない。
自分の心が何を求めているかということには、気づかないまま生きていきたい。
「まあ……俺が世継ぎを必要としていないのは、始めから気づいていたな?」
「そこまでできた人間ではありません。顔目当てでなければいいなと、なんとなく願っていただけです」
「なんとなくでも、気づいているだけ賢いんじゃないか」
「ありがとうございます」
心に蓋をしよう。
そんな心構えが生まれると、なんだか自分がなれたような錯覚をもたらしてくれる。
その、錯覚ですら今は心強い。
「
「北白川にお金を与えてくださるのなら、喜んで協力いたします」
「いい返事だ」
一瞬だけ、悠真様の瞳が、私を心配する瞳へと変わった。
でも、すぐに口角を上げて、心配を払うために悠真様は笑ってくださる。
「屋敷でも言ったが、なんでも遠慮なく要求しろ」
「……はい」
「こっちは、
私は、二度と悠真様に心配をかけたくない。
悠真様を悲しませるような振る舞いを謹んで、私は私を大切に扱ってくれる人のために尽くしていきたい。
「大きすぎる収穫に、礼がしたい」
「……はい」
世界で一番優しい政略結婚。
私は、私を大切に扱ってくれる人の手を取った。
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