恋慕~この想いを、いつか忘れることのないように~
第1話
(しっかり眠ったはずなのに、眠った気がしない……)
見た夢の内容は覚えていられなかったけれど、とてもとても悲しい夢だったという感覚だけは残っていた。
(
私が身体を休めていた部屋は和造りの部屋ということもあって、
でも、実際に自分の足で屋敷を歩くことで、自分の思い込みは覆された。
(これが、
日本と西洋の文化が交錯する雰囲気の屋敷に肩身を狭くしながら、朝食を食べるための部屋に歩を進めていく。
日本人の身長の遥か上回る高い天井に飾られた照明器具にすら怯えを抱いてしまって、こんな醜態を将来の旦那様に晒すわけにはいかないと握る手に力を込める。
(この綺麗な硝子は、何?)
色を含んだ硝子を目にするのも初めてで、その鮮やかな輝きを放つ色硝子の断片を繋ぎ合わせた窓硝子は芸術品としか呼べなくなるくらいの感動を与えてくる。
恐怖と感動が入り混じりながら廊下を歩くという体験に戸惑いながらも、私は事前に指定された部屋へと辿り着く。
「おはようございます」
「おはよう、迷わずに来られたな」
大きな窓を背景にした、屋敷の主人へと挨拶する。
窓の向こうには風が吹くたびに、地面へと落ちた葉たちが再び空へと舞い上がる様子が映し出されている。
数を減らした枝の葉すら背景に溶け込んでしまっていて、まるで彼が季節の移ろいを操作しているのではないかと、馬鹿みたいなおとぎ話を妄想する。
「まだ結葵の好き嫌いが把握できていないから、食べられる物だけ口にしてくれ」
生命活動を維持するために必要な栄養素がきちんと考えられた、そんな豪勢な朝食が私を出迎えに驚いて言葉を失う。
品数の多さにも驚かされるけれど、こんなにも色鮮やかな食卓に感銘を受けたのは人生で初めてのことだった。
「あと、病み上がりなんだから、無理して食べるなよ」
「はい、気をつけます……」
日本と西洋の文化が混ざり合った
「あの、こちらは……」
炊き立ての白米が湯気を立てている様子と、味噌の香りが漂ってくる味噌汁の椀に目を奪われる。
「ああ、北白川では和食しか提供されないか」
「あ……えっと、では、これが洋食ですか?」
「一応、そう呼ばれているらしいな」
自分で椅子を引いて、座りやすい位置へと椅子を移動させて腰を下ろした。
より近い距離で、絵画のような彩の豊かさをもった食事へと注目する。
「ふっ、好きなだけ悩んでくれて構わないが、悩んでいるうちに食事が冷めるぞ」
「うっ……」
初めての洋食を口にしたい気持ちはあっても、炊き立ての白米を口にするのは十年ぶりくらいのこと。どちらの気持ちを優先させるべきか決めかねている私に対して、
「腹に余裕さえあるなら、どちらも口にしてみたらいい」
「でも……」
「この場には二人しかいない。食事の作法や礼儀は気にせず、結葵が楽しいと思える食事時間を優先すればいいんじゃないか」
「…………」
この優しさに、どう応えたらいいのか。
四という年齢の差なんて気にするほどのものではないと思ってはいたけれど、やはり悠真様と私では経験の差がありすぎて、その差を埋めるのに気の遠くなるほどのものを感じる。
「まあ、病み上がりの人間に食べさせる量ではないとは思うんだが……」
「ありがたく、お気持ちをちょうだいいたします」
夢の内容は覚えていないのに、現実へと戻ってきた私の心を悲しみが支配していった。
今朝の食事風景を通して穏やかな時間を取り戻そうとしていたはずなのに、悠真様との歳の差や経験の差を意識すればするほど心に更なる悲しみが乗っかったような気がして気が重くなる。
「……悠真様は洋装を好まれているようなので、洋食がお好きなのですか」
小鳥のさえずりが聞こえてきそうなほどの静寂に耐えきれなくなった私は、食事に手をつける前に世間話的なものを間に挟んだ。
「あー、その日の気分次第だな」
銀のスープ皿に注がれたクリーミーなスープを口に運ばれた悠真様を見て、彼はどんなものを口にしても優雅に食事ができてしまうのだと気落ちしてしまった。
提供した話題が特に盛り上がるわけでもなく、これでは自分の気持ちが益々沈んでいってしまうだけ。
なんとか食事を口にして元気を取り戻そうと、悠真様を真似てスープから食事を始めようとしたときのことだった。
「結葵は、好みが見つかるといいな」
異国の地にいるかのような不安定さを抱えていたのに、悠真様の声を聴くだけで心が元気を取り戻してしまう。いかに自分が現金な人間かということを思い知らされる。
「自分の好きを知らない人生は、きっと退屈だろうからな」
でも、私の心は綺麗な感情を取り戻していくのに、私の声と言葉は、悠真様に綺麗な感情を届けられているのかと疑問に思う。
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