第12話 深まる闇の予兆
怪物の巨体が崩れ去り、黒い霧が静かに消えた。長い戦いの末に訪れた一瞬の静寂。弥助は怪物の消滅を見届けながらも、その表情には安堵の色が浮かんでいなかった。稲葉は、まだ緊張感が漂うその場で息を整えながら、弥助の後ろ姿をじっと見つめていた。
「先生、これで…終わったんですか?」
稲葉の声には希望の光が宿っていたが、弥助の表情は変わらなかった。彼は空気中に漂う微かな異変を感じ取っていた。黒い霧は確かに消え去ったが、その背後にさらに大きな何かが隠れている。
「いや、終わっていない。」
弥助は冷静に答え、毒針を慎重にしまいながら、周囲を見渡した。空気が重く、まるで目に見えない力が押し寄せてくるかのような感覚が続いていた。まだ何かが動き出そうとしている。
「何かおかしい…この空気、まるで…」
稲葉もその異様な雰囲気を感じ取り、再び警戒を強めた。彼は刀を握りしめ、周囲の変化に敏感に耳を澄ませた。
「俺たちが倒したのはただの手先に過ぎん。」
弥助は静かに言葉を紡ぎ、次の敵がすぐそこにいることを予感していた。ザウドを倒し、さらに巨大な怪物を倒したが、すべてはこの土地に封じられていた邪悪な力を解放するための序章に過ぎなかった。
「じゃあ…本当の敵はまだ姿を現していないってことですか?」
稲葉の問いに、弥助は黙って頷いた。彼の直感は長年の戦いを通じて培われたものであり、その直感が告げる危機はいつも正しかった。
「ザウドが何者かに操られていたことは明らかだ。そして、今その操っていた存在が姿を現す瞬間が近い。」
その言葉を聞いた稲葉は、背筋が凍るような寒気を覚えた。これまでの戦いが、さらなる闇への入口でしかなかったと知ると、希望の光が一気に薄れていく。
その時、地面がわずかに揺れた。大きな地震ではないが、確かに何かが地中から響くような感覚が二人の足元に伝わった。次第にその揺れは大きくなり、空気がさらに重く、圧力を増していく。
「この地に何かが眠っている…」
弥助は地面をじっと見つめた。揺れは次第に激しくなり、まるで何かが地中から浮上しようとしているような感覚があった。
「先生、この感じは…まさか…」
稲葉が声を震わせて言った瞬間、地面が大きく割れ始めた。その割れ目からは、黒い霧とは異なる、赤黒い光が漏れ出していた。それはただの光ではなく、邪悪で禍々しい力そのものが具現化したかのような輝きだった。
「ここに封印されていた何かが、目覚めようとしている…」
弥助の言葉がその場に静かに響く。彼の目には、これまでの戦いとは異なる、強大な敵に対する覚悟が浮かんでいた。
「これが本当の敵か…」
稲葉はその異様な光景に言葉を失い、ただ弥助の横に立っていた。地面の割れ目はさらに大きく広がり、その中から赤黒い霧が立ち昇っていく。まるでその霧自体が生きているかのように、ゆっくりと形を作り始めた。
「蠍爺…」
再び聞こえてきた声は、低く、冷たい響きを持っていた。まるで地の底から這い上がるかのようなその声は、明らかにこれまでの敵とは異なる存在を予感させた。
「その声は…」
弥助が声の方向を見つめた瞬間、霧の中から一つの姿が現れた。それは人間の形をしているが、まるで闇そのものが具現化したかのような異様な存在だった。赤黒い霧に包まれたその体は、どこか人間離れした雰囲気を漂わせている。
「俺を倒せると思うか、蠍爺…」
その存在が言葉を発すると、空気がさらに重く、圧倒的な威圧感が二人に押し寄せてきた。まるで、命を直接握られているかのような感覚が広がる。
「お前がこの地に封じられていた本当の敵か…」
弥助は冷静にその姿を見据えた。彼がこれまで感じていた予兆は、まさにこの存在の復活を示していたのだ。
「そうだ。俺はこの地に永遠に封じられていたが、ついに目覚める時が来た。ザウドや怪物たちは、俺の力の一部に過ぎん。」
その声には確かな自信と、圧倒的な力が宿っていた。弥助と稲葉はその前に立ち、目の前に広がる脅威を前にして覚悟を決めた。
「この封印を破り、この世を支配するのは俺だ。お前たちは…ただの虫けらに過ぎん。」
弥助は冷静な眼差しを崩さず、その敵に向けて静かに毒針を握りしめた。
「虫けらかどうか、試してみるか…」
蠍爺と呼ばれる男は、再びその強大な敵に立ち向かう決意を固めた。
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