第10話 蠢く闇の軍勢

黒い霧の中から、次々と異形の怪物が姿を現し始めた。その数は増え続け、弥助と稲葉を取り囲むようにして動き回っている。霧そのものが生きているかのように、空間が歪み、怪物たちの形も次々に変わっていく。


「これが、真の敵か…」


弥助は静かに毒針を握りしめ、次なる敵に目を向けた。これまでにない強敵を前にしても、その表情には決して動揺は見られない。彼の心には、すでに覚悟が決まっていた。


「先生、どうするんですか…これだけの数、一体どうやって…」


稲葉の声には不安と焦りが混ざっていた。無数の怪物たちが迫り来る様子に、彼の戦意は揺らぎそうになっていた。しかし、弥助は冷静に答えた。


「落ち着け。数で押してくる相手ほど、個々の力は大したことがないものだ。」


その言葉に、稲葉は少しだけ安心したが、すぐに怪物たちの気配に圧倒されそうになる。彼は弥助に背中を預け、次の一手を待つしかなかった。


怪物たちはじりじりと近づいてくるが、動きは速くはない。彼らは周囲を取り囲み、まるで罠にかかった獲物をじっくりと観察しているかのようだ。


「これは挑発だ。動くな、稲葉。」


弥助は静かに指示を出しながら、慎重に次の行動を考えていた。怪物たちは確かに数が多いが、一斉に襲いかかる気配はない。彼らの狙いは何かを探ろうとしていた。


「先生、俺たち…これを全部相手にできるんですか?」


稲葉の不安はさらに募っていたが、弥助は冷静に応じた。


「お前の仕事は生き残ることだ。俺が奴らを引きつける。チャンスを見逃すな。」


その瞬間、弥助は素早く動き出した。彼の動きはまるで風のように速く、怪物たちの群れに飛び込むと、毒針を次々に放っていく。毒針は正確に怪物たちの体を貫き、その核となる部分を狙っていた。


「そこだ!」


弥助の針が一本、異形の怪物の胸元に突き刺さると、黒い霧が巻き上がり、怪物の姿が一瞬で崩れ去った。しかし、それでもまだ周囲には無数の怪物たちが残っている。


「よし、行ける!」


稲葉はその瞬間を見逃さず、弥助の指示通り、周囲を慎重に見ながら動き出した。彼の動きもまた、熟練した戦士のそれであり、無駄がなかった。怪物たちの隙を見つけ、迅速に動きながら次の行動を準備していた。


しかし、怪物たちの動きは徐々に変化していた。先ほどまでのゆっくりとした動きから、突然、何体かが弥助に向かって猛然と襲いかかってきた。


「来るぞ!」


弥助は瞬時に反応し、毒針を再び放った。針は正確に飛び、二体の怪物の頭部に突き刺さったが、それでも全ての怪物を止めるには至らなかった。残りの怪物が一斉に弥助に飛びかかる。


「先生!」


稲葉が叫び、刀を構えて弥助に向かって走り出した。しかし、弥助は手を上げて彼を制止した。


「来るな、稲葉。これは俺一人で対処する。」


弥助は冷静な声で言い放ち、その瞬間、地面に身を沈めるようにして怪物たちの攻撃をかわした。彼の動きは、年齢を感じさせないほど速く、敵の攻撃を巧みに避けていく。


「蠍爺の名は伊達ではない…」


稲葉はその様子を見ながら、弥助がただの老人ではないことを改めて実感した。彼はただの後始末のプロではなく、長年の経験と技術を極限まで鍛え上げた真の戦士だった。


次々と襲いかかる怪物たちを避けながら、弥助は冷静に一体ずつ毒針で仕留めていく。その精密な攻撃に、怪物たちは次第に数を減らしていった。


「残りは少ないな…」


弥助は軽く息を整えながら、次の標的に目を向けた。しかし、その瞬間、背後から異様な気配が迫ってきた。


「先生、後ろ!」


稲葉の叫びに反応するように、弥助はすぐに振り向き、もう一体の怪物が自分に迫っているのを確認した。だが、その怪物は他のものとは違う。体はさらに大きく、黒い霧が強く渦巻いている。


「これは…他の奴とは違うな。」


弥助はすぐにその違いを察知した。この怪物は、ただの霧の使い手ではなく、もっと強力な力を持っていることが分かった。


「稲葉、これは俺がやる。お前は手を出すな。」


弥助は稲葉に再び指示を出し、毒針を強く握りしめた。この強力な怪物を仕留めるには、今まで以上に慎重な動きが必要だった。


「さあ、来い…」


弥助の目は鋭く光り、その怪物に向かって一歩を踏み出した。霧の中で揺れるその巨大な敵との戦いが、今まさに始まろうとしていた。


次回、弥助はさらに強力な敵と対峙し、その戦いは新たな局面へと進んでいく。

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