第9話 霧の中の敵

黒い霧が広がり、周囲を覆い尽くしていた。ザウドの倒れた体から漏れ出したこの異様な霧は、ただの自然現象ではなかった。それは、遥か昔から封印されていた邪悪な力を解き放ち、新たな恐怖をもたらそうとしている。


「先生、これは一体…」


稲葉はその異様な光景に恐れを感じながらも、弥助の背中を頼りに立ちすくんでいた。彼には、もはやこの戦いに関してどうするべきかの判断がつかない。目の前で繰り広げられる光景は、これまでの常識を超えたものだった。


「これは、封印が解かれたということだ。」


弥助は低く呟きながら、慎重に霧の動きを見守っていた。その霧の中には、何かが潜んでいることを感じ取っていたからだ。ザウドを操っていた存在、その真の敵が姿を現そうとしている。


「封印…?」


稲葉は弥助の言葉を聞きながら、自分の知らない何かがこの地に潜んでいたことを感じた。これまでの戦いは、単なる極悪人との戦いではなかったのだ。背後に潜むさらなる脅威が、今まさに動き始めている。


霧の中から、異様な音が響いた。まるで何かが蠢き、地面を引き裂くような音だ。次の瞬間、霧の中から現れたのは、異形の影だった。それは人の姿をしているが、明らかに人間ではなかった。黒く長い手足、目には光が宿っておらず、無気味な形で地を這うように動いていた。


「これが…俺たちを襲う敵か。」


弥助は冷静にその姿を見据えながら、手に持つ毒針をしっかりと握りしめた。この怪物が、ザウドの背後にいる真の敵であることを理解した。


「何だ、あれは…」


稲葉は息を呑んでその怪物を見つめた。その姿は、まるで悪夢の中の怪物そのものであり、現実離れしていた。黒い霧に包まれたその体は、まるで触れれば吸い込まれてしまいそうな不気味さを持っている。


「稲葉、気を引き締めろ。こいつらはザウド以上に手強い。」


弥助の警告に、稲葉は慌てて刀を構えた。彼は恐怖を押し殺し、なんとか立ち向かう気持ちを奮い立たせた。


「この霧に触れるな。触れれば体を蝕まれるぞ。」


弥助の指示に従い、稲葉は慎重に距離を保ちながら、霧の中の怪物に向き合った。彼らは単なる攻撃では倒せない。弥助はそれを感じていた。


「こいつらは…ただの実体ではない。」


弥助はそう呟くと、怪物の動きを観察し始めた。まるで霧そのものが生命を持っているかのように、その姿は次第に変化していく。弥助はそれに気づき、何かを感じ取っていた。


「こいつらは霧と同じだ。実体がない。」


その言葉に、稲葉もまた怪物の動きに注目した。確かに、刀で斬りかかろうとすれば、その体は霧となって消え去る。通常の武器では何の効果もない。


「では、どうすれば…」


稲葉が困惑しながら問いかけると、弥助は静かに毒針を取り出した。


「こいつらにも、体の中に核となるものがあるはずだ。そこを狙う。」


弥助は冷静に分析しながら、怪物の動きを見極めていた。その核を見つけるためには、怪物の動きをじっくり観察する必要がある。そして、それを突くことができるのは、弥助の毒針だけだ。


怪物がゆっくりと動き出し、二人に近づいてくる。稲葉は防御の構えを取りながらも、すでに攻撃が無効であることを理解していたため、焦りの色を隠せない。


「先生、俺はどうすれば…」


「お前は怪物に近づくな。俺が核を見つけるまで、手を出すな。」


弥助は冷静に指示を出し、怪物の動きをさらに観察した。その動きには一瞬の隙がある。そこに核があると確信した。


「そこだ。」


弥助は一瞬の隙を見逃さず、毒針を放った。針はまっすぐに怪物の胸元に突き刺さり、霧のような体が一瞬揺らいだ。そして、そのまま怪物は消え去った。


「やった…!」


稲葉は歓喜の声を上げたが、弥助はまだ油断しなかった。霧はまだ消え去っていない。怪物は一体だけではないことを、彼はすでに感じ取っていた。


「これで終わりではない。まだ何体もいる。」


弥助の言葉に、稲葉は再び緊張した。周囲の霧の中に、さらに複数の異形の影が現れ始めていたのだ。


「ここからが本当の戦いだ。」


弥助は新たな敵に向き合い、再び毒針を構えた。ザウドを倒した後に現れるこのさらなる脅威、弥助と稲葉は新たな恐怖に立ち向かう覚悟を決める。


次回、霧の中に潜むさらなる怪物との激しい戦いが繰り広げられる。

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