第7話 毒の罠

ザウドの巨体に突き刺さった毒針は、表面的には彼を仕留めたようには見えなかった。黒い霧が滲み出し、ザウドはそれを嘲笑うように針を抜き取った。だが、弥助は冷静だった。その動きや表情からは、焦りや恐怖の色は一切見えない。


「先生、毒針が効かない…」


稲葉がザウドの反応に驚きの声を漏らした。しかし、弥助は目を細め、鋭い眼差しでザウドを観察し続けていた。


「いいや、効いているさ。」


弥助の声は落ち着いていた。その言葉を聞いた瞬間、稲葉もはっと気づいた。ザウドの動きがわずかに鈍くなっている。彼の巨体が少しずつ崩れるように揺れ始めていた。


「まさか…」


「この毒はただの一撃ではない。体内で徐々に働き、奴の再生力を弱めるんだ。」


弥助はさらに前進しながら、ザウドをじっくりと追い詰めていた。ザウドの再生力は依然として強力だが、弥助の毒針がその力を確実に削り取っている。


「蠍爺、お前の毒ごときで俺が倒れるわけがない…」


ザウドは力なく吠えたが、その声には力がなかった。彼の体内で広がる毒は、時間をかけてその効力を発揮し始めていたのだ。


「お前の体は、もう限界に近い。」


弥助は確信を持って言い放った。彼の毒は、表面的には見えなくても、内部でじわじわとザウドの力を削いでいく特性を持っていた。再生力を無効化するだけでなく、内部から破壊する効果があったのだ。


「ぐっ…!」


ザウドの動きが明らかに鈍くなり、その巨体がガタガタと崩れ落ちるように見えた。彼の腕が重そうに地面に落ち、力を失い始めていた。


「今だ、稲葉。奴を囲むんだ。」


弥助の指示に、稲葉はすぐに応じた。二人は慎重にザウドの周囲を囲み、最後の一撃を加えるタイミングを見計らっていた。


「俺が倒れるだと…?そんなことが…」


ザウドは自らの体の変化に気づき、明らかな焦りを見せた。これまで無敵だと信じて疑わなかったその力が、弥助の手によって徐々に崩壊しつつあった。


「蠍爺、お前は何者だ…」


ザウドが呟いたその言葉は、かすれた声で虚空に消えた。弥助は冷静にその場を見つめながら、次の動きを考えていた。彼にとって、ザウドを倒すことは最終的な目的ではない。その背後に隠された何かにたどり着くための一歩に過ぎないのだ。


「お前は終わりだ、ザウド。」


弥助は静かにそう言い、最後の毒針を手に取った。その針は他のものとは異なり、特殊な毒を練り込んだものであった。これがザウドの命を完全に奪うための決定的な一撃になるだろう。


「この一針で、全てを終わらせる。」


弥助が針を構えると、ザウドの体が最後の力を振り絞るかのように動き出した。だが、その動きはもはや以前のような俊敏さを失っており、巨体は重々しく揺れながら崩れていく。


「蠍爺…俺は、死なない…」


ザウドは最後の抵抗を見せようとするが、すでに力尽きかけていた。弥助はその一瞬の隙を見逃さず、素早く動いてザウドの胸元に針を突き刺した。


「終わりだ。」


その一言と共に、毒針は深くザウドの心臓に到達し、体内に致命的な毒が回り始めた。ザウドは叫ぶこともできず、その場に崩れ落ちた。


「…終わったか。」


稲葉がようやく息を吐き出し、緊張を解いた。ザウドの巨体は動かなくなり、その不死身の怪物はついに倒れたのだ。


だが、弥助はその場に立ち尽くし、まだ警戒を解いていなかった。彼の目はザウドの背後に何か別の存在を感じ取っていた。


「これで終わりじゃない…」


弥助は低く呟いた。ザウドを倒したことで、さらに大きな闇が姿を現そうとしていることを、彼は感じ取っていた。


次回、ザウドの背後に潜むさらなる脅威が明かされる。

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