第52話 相談

 音楽の世界から戻ってきて1週間。

 ラキとジルと記憶の整理をし、旅の記録も書き終わり、漸く落ち着いたところであった。


 ラキは、向こうで見た楽器を参考に新しい楽器を製作しているらしい。

 旅の成果報告として長の前で披露した1曲はアカペラであったが、里の言葉に歌詞を変え、馴染みやすい曲調にアレンジしており実に見事だった。


 ジルもかなり刺激になったようで、部屋にこもりきりで膨大な文章を書いていた。この調子でいけば、皆への披露も時間の問題だろう。


 そして俺は、破れたアームウォーマーを繕って貰う為に久しぶりにシンカの家を訪れていた。




「……と、まぁそんな訳で破けちまったんだけど直せるか?」


「ふーん。なるほどねぇ。やっぱり鋭利なものじゃ強度ダメね。改良できないかやってみるわ」


 シンカは受け取ったアームウォーマーを伸ばしたり、穴を広げたりして確認している。


「ちなみにさ、このアームウォーマーに何ヶ所か止血用の紐って仕込める?

 血が出たら一瞬で止めたいんだけど」


「できると思うわよ。次の旅までに間に合わせたいんだけど、次はいつ?」


「えーと……急なのが入らない限り3ヶ月後だな」


 俺はこの間行った長との会議を思い出しながら答える。

 次の予定はキノ兄と行くからくりの世界である。これは2年前から計画していたものだ。

 キノ兄、ことキノエはからくり技師で、真面目で実直、仕事一筋。よく言えば仕事熱心。悪く言えば仕事馬鹿。そんな訳で30歳といういい歳だが浮いた話は今迄1度も聞いたことが無い。


「じゃあ、デートは1週間後ね」


 その一言で一気に現実に引き戻された。


「え? あ、あぁ、うん。わかった」


「忘れてた訳じゃないでしょうね?」


 目が怖い。


「いや、まさか。うん、じゃあ1週間後。

 迎えに来ればいいか?」


 若干しどろもどろになりながら誤魔化す。


「いえ、折角のデートなんだから外で待ち合わせにしましょ。

 そうね……広場の時計塔に11時で」


 広場とか目立つな……かと言って、家デートじゃないんだから周りにバレるのも時間の問題か。


「了解。行きたい場所とかあんの?」


「そこはコウの腕の見せ所に任せるわ」


「ハードル上げんなよ。俺デートとか無縁なのに」


「知ってるわよ」


 サラッと言いやがった。


「じゃあ、私仕事あるからまた1週間後。

 お願いね」


「はいよ」


 来週も振り回される1日になりそうだな……。

 そんなことを思いながら家路につく。


 さて、ハードル上げられた事だしどうするかな。

 俺としてはこのデートで断りを入れるのがいいんだろうが、この間『本当に好きなの?』と聞かれてから、なんとなく気持ちに自信が持てなくなっていた。

 明日仕事でラキに会うし、ちょっと相談してみようかな……。



◇◇◇

 そして翌日。

 今日の仕事は午前は旅の準備。

 午後からはラキの所で歌詞の整理である。


 ラキの家に行くと、膨大な紙が散らばっていた。


「おい、ちっとは整理しろよ」


「あん? んなことしてる間に覚えた歌詞が飛んじまうだろ」


「ならせめて、俺が訳し直す歌詞と、お前がアレンジ済みの楽譜とわけとけよ。

仕事に前に余計な仕事増やしやがって」


「几帳面だなぁ」


と、言いつつも全く作業を止める気配がないので、俺は仕方なく仕分け作業から始めた。




「……んで? 何悩んでんの?

 シンカの事?」


 ラキの雑な走り書きを参考に、英語の部分を里の言葉に訳していると、いきなりラキから切り出された。


「何で悩んでるって……」


「わかるよ。

 何年の付き合いだと思ってんだ」


 ラキは譜面から顔を上げることなく答える。


「……ちょっと話聞いてもらえる?」


「おうよ」


 俺も手を休めること無く、簡単に事情を説明する。


「へぇー。コウがシンカとデートねぇー」


 顔を上げるとニヤニヤ顔があった。


「茶化すなよ」


「悪りぃ悪りぃ。

 で、デートコースは決まったのか?」


「いや。まぁこういう仕事柄、所謂デート場所は知ってはいるんだが……」


「次の日どころか、当日中に噂が広まりそうだな」


「だよなぁ……」


 何せこの里は狭い。

 そして定番のデートコースなんぞ回ってた日にゃ、速攻で冷やかしの的だ。


「ま、頑張って喜ばせてやれよ」


「うーん……」


「今度は何?好きな人に噂が伝わるので悩んでるとか?」


「いやー、耳にしたところで気にしなそうだし」


「お前ホント脈なさそうだな」


「うるせぇ。なんつーか……そういうのに流されないタイプなんだよ」


「あっそ。あ、じゃあもしかして、シンカをどうやってフるかって悩み?」


 フるって言うと聞こえが悪いな。


「いや、デート前に自分の気持ちを整理しとかなきゃって思って」


「お前ね、デートの意味分かってる?」


「は?」


「誰がフられるの覚悟でデートすんだよ。シンカの肩を持つわけじゃねーけど、最初っから決めずにデートして、それから決めればいいだろ。

 今すぐ答え出せって言われたわけでもないんだろ?

 ならデートして、お互いの気持ちを確認すりゃいいじゃん。シンカだって、お前の抜けたとこみて、違ったーってなるかもよ」


 最後は冗談めかしてヒヒッと笑う。


「…………あ、そうか」


 自分の気持ちを固めてからじゃないと、デートに行けないと思い込んでいた。


「お前変なとこで馬鹿だよな」


「万年馬鹿のお前に言われたくない」


「てめぇな……」


「冗談だ。だいぶ気持ちが楽になった。

ありがとな」


「おうよ」

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