第51話 不運

 次はライブ会場へ向かう。

 先ほど見た楽器の使い方の確認と、今後の演奏の参考にする為だ。


 『 Live Street 』と書かれたアーチを抜ける。

 そこには大通りを挟んでいくつものライブハウスがあった。

 まずは、アーチ入ってすぐの受付で3人分の料金を払う。これで今日1日、この大通りにあるライブ会場は自由に出入りできる。


 入り口前の看板には、そこでやってるアーティスト名や、数日間のタイムテーブルが書かれてあった。

 入る場所を吟味している暇はないので、とりあえず手前の『V系』と書かれているところに入ってみた。

 重たい扉を開くと、大音量が流れ込んできた。脳が揺れそうになる。



 激しい音に、叫び声。

 そして、曲に合わせて観客が頭を振りまくるという異様な光景に思わず後ずさる。

 それは2人も同じだったようで、呆気に取られて口が開きっぱなしになっていた。


 これが噂のヘドバンか。

 すげぇ。


「いくぞ、てめぇらー!!」


 マイクを握った、白い髪に真っ黒な顔、鎖ジャラジャラの服という装いの男が叫ぶと、観客も「うぉー!!」「こいやー!!」「まってましたー!!」と盛り上がる。

 そして、何をするのかと思いきや、マイクの男が観客に向かって飛び込んだのである。

 観客はわかっていたようで、両腕を上げ、男を持ち上げている。


 俺は巻き込まれたくないので、そっと出ようと、2人に合図した。

 そしてジルが、後ずさりしたときである。


 すってーん


 足元のコードに引っかかり盛大にコケたのだ。


 1人でコケるならまだしも、あろうことか、近くにいた人の服を掴んだ。


「あ!」


 と言う間に、ドミノ倒しが起こり、回り回って俺達の横にあった大きな機材がこちらに倒れかかってきた。


「嘘だろ、おい」


 横には倒れたままのジル。


 俺はアームウォーマーを着けている両腕でその機材を受け止めた。


「ぐっ!!」


 重てぇ。


「ラキ、ジルをどけろ!」


「あ…あぁ!」


 固まっていたラキは弾けたように、ジルを端まで引きずった。

 機材は回りの人も手を貸してくれて、元の位置に起こすことができた。


 受け止めていた腕が痺れている。

 痺れ以外にもズキリとした痛みを感じた。

 見るとアームウォーマーが10cm程切り裂かれていた。

 倒れてきた機材に尖っていた部分があったらしい。



 騒ぎの中、壁際に寄り腕を周りからの死角に入れる。


 丈夫とは言っても布だから、流石に先端が尖ったものには弱いのか。


 そんなことを思いながら、俺は上着を脱ぎ、破けた服の上から傷口が見えないように凝血剤入りの黒地の布を当た。更に黒い包帯で腕をぐるぐる巻きにする。

 それから、俺に傷を負わしたであろう、疑わしい部分を片っ端からタオルで拭う。

 黒いタオルだときちんと拭けたか心配である。あちこち何度も拭いているおかげでピカピカになった。これは後で燃やすとしよう。


「コウ! 大丈夫か?」


 ラキがジルを引きずり、こちらにやってきた。


 辺りを見ると、しゃがんでいる人が目に入った。

 膝には紫の液体が滲んでいる。


 この世界の血は紫のようだ。

 俺達の世界では、血は赤色。


 こういった血の色の違いを誤魔化す為の黒ずくめファッションである。

 今回は本当に黒でよかった。


「おい! 平気か?!」


 ラキに揺さぶられて、まだ返事をしていなかったことに気づいた。


「ん、平気。お前らは?」


「大丈夫だ」


「コウ君……ごめん、ごめんよぉ」


 ジルが泣きながら抱きついてきた。


「いいよ。にしても不運か?昼飯食ってからまだ早いような……」


 まぁジルは里でもよく転んでるから不運とはまた別か?

 ただ、この世界の人には悪いことしたな。

 俺らの影響で、怪我をさせてしまった。

 幸い大怪我した人はいないようだが、怪我は怪我だ。

 その重責がずしりと肩にのしかかる。


 早いところここから出よう。

 俺たちは、他の人たちが集まってくる前にそっと外に出た。


「……」


「どうした?」


 ジルが何かバツが悪そうにしている。

 この表情は大体後ろめたい事がある時だ。


 まさか――


「ジル、昼飯全部食った?」


 分かりやすく ギクッ! と肩を震わせた。


「おい、ラキ。お前ジルの飯食った?」


「ん? あぁ食ったよ?」


「食ったよ、じゃねーよ!!

 いいか? あれはただ腹を膨らませるだけの役割じゃないの!

 分かってる? 授業で俺もシュウも散々言ったよな!?」


 あれだけ飯の大事さを説明したのに全然理解していなかったとは……。


「ジル?」


 くしゃくしゃの顔で目を反らした。

 ジルは理解した上で食べなかったようだ。


「だって、だって……あれ……」


「……ったく。気持ちはわかるよ。

 ただ、無理なら無理で言えよ。他の食べ物探すなり飲み物にするなり手はあるんだから。


 ――最悪食べられなくても、言ってくれれば俺とラキで守れるんだし」


「うん……ごめん」


「ラキも事の重大さわかった?」


「あぁ、悪かったよ」


「……はぁ。わかったならいいよ」


 ぱぁっと顔を輝かせる2人。


 だが。


 罰は必要だよな。


「ジル、甘いのと辛いのどっちが得意?」


「へ? どちらかというと甘い方だけど……」


「よし。ラキ、さっきの店で水2本とシリアルバー買ってこい」


「は?」


「5分以内! 行け!!」


ラキは訳も分からず走って行った。

そしてちゃんと5分ギリギリで戻ってきた。


「ぜぇ……ぜぇ……こ……これ」


「ありがと」


 俺はそれを受け取ると、袋のままシリアルバーを粉々に砕いた。

 そして、それを水が入っているボトルに入れ、思いっきり振る。


 蓋を再度開けるとなんとも言えない甘ったるい匂いに、薄茶色に濁った水。


「飲め」


 俺は満面の笑みでジルに差し出した。


「えぇ……と」


 目が泳ぐジル。


「ジルが飲まなきゃ、ライブ観覧せずに帰るけど?」


 俺はラキをちらりと見た。


「そ、それはダメだ!!おい、ジル! 死ぬ気で飲め!

 おまえならできる!!」


 ラキの必死さに負け、ジルは泣きながら飲み干した。


「おぅえ……」


「吐いたらもう1本な」


 俺はもう1本の普通の水を渡した。


「うぐ」


 ジルはその水で何とか押し込んだようだ。


 それから様々なジャンルのライブを観覧し、楽器の弾き方、ライブの演出方法などを学び、無事里に帰還した。


 そして、俺は色々ありすぎてすっかり忘れていた。

 この旅が終われば、シンカとのデートが待っていることを。

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