第46話 祭りの後

 霞の里最大の祭り、月祭りが終わった翌日は大抵の人が二日酔いか寝不足か筋肉痛。

 要は9割がた使い物にならないので殆どの人が休んでいる。


 そんな中、俺は身体は疲れているのに、深く眠れずにぼぉっとした顔で朝を迎えた。


 はぁ……はっきりさせるべきだよなぁ。


 言わずもがなシンカの事である。

 昨日のシンカの言葉深く刺さった。



 確かに俺の片思いで。

 長は俺に嫉妬するはずもなく。

 長と付き合うには背負うものが大きすぎて。

 今は伝える勇気もない。



 そして、

 シンカは俺を好いていてくれて。

 思っていたより優しくて。

 気が利いて。

 頭が良くて。

 いい女で。


 やばい、このままだと断る理由がなくなってくる。


 いや、違う違う。

 俺が好きなのは長!


 俺はブルブルと頭を振って、雑念を追い出す。

 1ヶ月先のデートで断ろう。うん。


 それから気を紛らわせようと、昨日言っていた、日帰り旅の試験項目の検討することにした。ついでに武闘会で感じた個別の欠点、強化点などをまとめる。


 何となく形になったので、夕方から散歩に出た。



 祭りの片付けは明日全員で行うので、会場は全てそのまま残っていた。

 祭りのあとは人気がなく、昨日までの熱気が嘘のように静まり返っている。


 何となく、その一角に座る。

 気持ちのいい風が通り抜けた。


 考えることがありすぎると、逆に思考が停止するんだな。

 自分の頭の弱さに思わず苦笑していると、どこからか鼻歌が聞こえてきた。


「よぉ、コウ」


 鼻歌を止め、ラキが手を挙げた。

 ラキは音楽家で、伝統の曲のアレンジや新しい曲の作詞作曲を行っている。

 歳は24歳。

 前髪の左半分だけを伸ばして結ぶという変わった髪型で、彼曰く流行の最先端らしい。今のところそれがカッコいいとも、真似したいとも噂は聞かないが。


「おぅ。ご機嫌だな」


「それがそうでもないんだよ」


 と、ラキは近くに腰を下ろした。


「どうかしたか?」


「昨日のお前と長の舞でビビッときて、新しい曲が出来ると思ったんだよ。でもな……どーにも納得いかなくて」


「あー、スランプって言ってたもんな」


「そうなんだよ。もうちょっと刺激があると、すっげぇのができると思うんだけど」


 ちらっと俺を見る。


「例えば、異世界に行くとか――」


「行きたきゃ試験クリアしろ。

 お前の頭がもうちょい良くなりゃ行けるよ」


 ラキの頭をグイッと押し戻す。


「これ以上良くなんねぇから言ってんじゃん。

 なぁお願い! ダメ元でいいから長に話してみてよ」


 「このとーり!」と、両手を合わせて懇願される。

 ずっとスランプで悩んでいたのも知っているし、そのくらいはしてやるか。


「ったくしょうがねぇなぁ。報告だけだぞ」


 まだ他の人には言えないが、日帰り旅の事もあるし考えてみよう。


「ありがとう! 恩にきる!!」


 俺の手を取り、両手でブンブンと振る。

 そして、その手を止めたかと思えば、俺の顔をのぞき込んで「お前は何を悩んでんだ?」と聞いた。


「え?や、 別に」


 プイ、と目をそらす。


「嘘つけぇ。顔に書いてあるぞ。

 ずばり……恋の悩みだろ!」


 ズズイと詰め寄り、人差し指を立てた。


「な! ……何でそう思う?」


 そんなわかりやすいか?


「人が悩むのは大抵、恋か仕事だろ」


 あっけらかんと言われ、何となく納得した。確かに冷静に考えれば、7割くらいの確率で当たりそうだ。


「ついでに言うと、シンカがコウに猛アタックしてるって里中の噂だから」


「はぁ?! どっからそんな噂……」


「そりゃ昨晩の踊り見てりゃわかるだろ」


 あれかぁ〜。

 ですよねー。

 仲が悪かったのに急に親しくなってたら、色々勘ぐるよなぁ。


 あぁ……やり辛い。


「で、シンカの事で悩んでんだろ?

 恋愛相談なら俺に任せろよ!」


 そういやラキの作る恋愛系の歌詞が女子に受けてたな。

 ただ、失恋系ばっかだけど。


「不安だなぁ」


「信じてねぇな!? ここじゃ何だしうち来るか? 家で飲みながらじっくり話し合おうじゃないか!!」


 もう酒は昨日浴びるほど飲んだから遠慮したい。


「明日の片付けに二日酔いや寝不足で参加するわけにもいかんだろ。

 日を改めるよ」


「逃げんなよ? 絶対来いよ?」


「はいはい」


 思っていることを全部ぶちまけてしまいたいような、自分だけで結論を出したいような……。

 でも恋愛に疎い俺にはありがたい申し出だった。

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