第47話 ラキとジル

 それから、後片付けや日帰り旅の試験考案をシュウと話し合っているうちに1週間が過ぎた。

 なんやかんや忙しかったのと、ちょっと後回しにしたいのもあって、ラキとはまだ会えていない。


 仕事で里外れまで来ていた帰り道、ギュイーーン という弦の不協和音が響いた。

 音がうるさくないようにと、他の民家から離れたところにあるラキの家からだ。


 長への報告の件もあるし、寄ってみるか。


 里の住人の様子を伺うのも俺の仕事だ。不満がある者からは愚痴を聞き、必要があれば長に話を通して対処する。


「おーい、邪魔するぞー」


 俺はノックした後、返事を待たずに玄関を開けた。


「お前の方が――!!」

「何だとてめぇ!!」


 すぐさま2人の怒号が飛んでくる。

 またやってるのかあの2人は。


 俺は部屋の中まで進む。

 中には、ラキと取っ組み合いをしているおっさんが1人。

 作家のジルだ。 


 ラキとジルは同じ創作家同士気が合うらしく、年の差が10あるにも関わらずしょっ中つるんでいる。

 しかし、同じような性格の為か、衝突も絶えない。

 ちなみにジルは34歳で独り身である。


「おーい、外まで聞こえてるぞ」


 俺は開け放っているリビングのドアをコンコンと叩く。


「おぉ、コウいいとこに来た。

 聞いてくれよ、こいつ俺の音楽がワンパターンでつまんねぇって言いやがったんだぞ」


 ラキが短い方の前髪をわしゃわしゃと掻きむしる。


「そもそもそれで悩んでいただろう」


「確かに」


 この前自分でそう言ってたしな。俺は思わずうなずく。

 ただ、人から言われると腹が立つのもわかる。


「ほれ見ろ。僕の意見は間違っちゃいないだろう」


 ジルは乱れた長い髪を整えながら勝ち誇った顔でラキを見る。


「うるせぇ! ワンパターンでスランプなのはてめぇも一緒だろ」


「え、そうなの?」


 ジルを見ると、途端にシュンとした顔をする。

 そう言えば、里の連中が新刊が出ないって嘆いていたような。


「それが……もう思いつくものはだいたい形にしてしまって、新しいものが思いつかないんだ」


「今考えてる話とかひでーぞ。

 恋愛もので出てくる人全員ギャップ持ちだとよ」


「ギャップ持ち?」


「主人公の女性は大人しく見えて実は超悪女で、男性はそのギャップに惚れるんだ」


 ジルが意気揚々と話し出す。


「その男性ってのも優男に見えて実はドS。後輩は従順ワンコ系に見せかけて腹黒とか」


「めんどくせぇ! ってか皆悪い方のギャップかよ!!」


 もはやギャップってより二重人格だろ。


「コウ君は何もわかってなぁい!!

 ギャップの破壊力はすごいんだよ?!」


 そんな熱弁されても……。

 あ、でもシンカのギャップなら少しはわかるかも……いや、考えない考えない。


「とにかく!その設定はとりあえず置いとけ」


 多分その設定じゃお蔵入りになりそうだから。


「じゃあこの際幽霊と妖怪の恋愛とか……」


「「それはもっとやめとけ!!」」


 ラキとハモった。


「うー……だよねぇ……コウ君、何かこう ズバン! とくる衝撃的なネタ無い?」


「そう言われても……もう旅行記は全部読んだのか?」


 旅行記というのは、俺が旅をした異世界のことをまとめた記録のことだ。

 異世界に行けない者たちは、これを読んで夢を膨らませると言う。


「もう読んださぁ。それも面白くはあったんだけど、しょせんコウ君が書くのは箇条書きで記録書って感じだし。やっぱり自分で見たり聞いたりしないとビビッとこないんだよねぇ」


 ぶぅ、と頬を膨らませる。

 いい大人がするんじゃねぇ。


「そうそう。俺もコウから異世界で耳にした音を教えてもらうけど、『ジャーン』とか『ドコドコドコ』とか全然参考になんねぇし」


 ラキも口を尖らせて言う。


「え、何で俺のせいみたくなってんの?」


「やっぱここは旅に行くしかねぇよなー」


「だよねー」


 ニコニコ顔で詰め寄ってくる2人。

 

「こんな時ばっか息を合わせてくんな!」


 さっきまでの険悪なムードはどうした


「ったくもー。

 ……そんな2人に朗報です」


 その言葉にパァっと目を輝かせる。


 ゴホン。わざとらしく咳を1つ。


「2週間の旅に行けない人への救済措置、日帰り旅の試験を設けることになりましたー。はい拍手ー」


「えー! 結局試験あんのかよー」


「日帰りじゃ読みたい本、全部読めないじゃないかぁ!」


 ブーブーと口々に文句を言う。

 全くこいつらは。


「試験無しで行ける程異世界は甘くねんだよ!

 長くいたきゃ本試験に合格しろ!


 ――ただ、試験内容も見直したし、合格ラインも甘くする。日帰りでも十分刺激になるから。受けるだけ受けてみろよ」


「……わかったよ」


「…………ガンバル」


 素直に頷いたラキに対して、既に絶望的な顔のジル。


 暗記が苦手なラキの場合、最悪読み書き出来なくても喋るのだけ徹底すれば何とかなるが、ジルの場合は壊滅的運動音痴だもんなぁ。



 何せ100mを20秒で走る(?)男。

 加えて何もない所で転ぶ。

 そして、大抵それで手か足を挫く。


 そんな不運をもろに喰らいそうな男、旅の同行者として非常に不安だ。

 不安しかない。


 でも、できることなら連れて行きたいよな。

 ジルの小説を里の皆が楽しみにしているんだし。



◇◇◇

 そして、日帰り旅試験の希望者を募ったところ、ラキとジルを含む5人が集まった。


 本試験より難易度を少し下げ、不合格の項目があっても俺がフォローできる範囲と判断したら合格させることにした。


 案の定試験結果は、ラキは暗記力が不合格、ジルは運動項目全てが不合格であった。


 そう簡単にはいかないよな。


 ため息をつきながら結果をまとめた紙を見ていると、横からそれを抜き取られた。


「やはりこの2人は難しかったか」


「長!」


 長は紙を捲りながら、ふむふむと頷いている。


「志望動機はこの2人が一番強いんだがなぁ」


「ですね。他の3人はそこまで切羽詰まってませんし、アオに至っては日帰りなら行ってみたいっていう観光目的ですから」


「……よし!」


 長がポンっと手を打った。

 すこぶる嫌な予感がする。


「コウ、ジルとラキ3人で行って来い」


「はぁぁぁあああ??!!」


 予感的中。

 また無理難題をふっかけてきたよ。


「不合格者を2人連れて行けって言うんですか!?

 そもそも3人なんて前例がありません!」


「前例なんぞお前が作ればいいだろう。

 それに、3人の方が色々カバーしあえるだろ。それぞれ苦手分野が違うのだから」


「うーん……」


 俺は首をひねって想像する。例えばラキが言語をマスターしきれなかったとしたら、2人でいると会話が成り立たない。それより、3人いればラキが話していなくても自然だし、俺としても誰かと会話ができる方が助かる。


 それに、ジルの運動音痴もラキと2人で分担すれば、守れなくもない……か?


「な?やってみないか?」


 下から覗き込まれてダメ押しされる。

 その表情ずるい!

 本人自覚無いだろうけど……。



 そんな訳で、霞の里初の3人旅が決定したのだった。

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