第34話 アルピ

 5日目。


 シンカは予定通り、学びに入った。

 俺は別のホテルを探すのと、お節介を焼くた為にアルピの所へ寄った。


「よぉダンナ。いいホテルありますぜだピョン」


 アルピは相変わらずのテンションで迎えてくれた。


「何か違うホテルに聞こえるからヤメロ。あと、語尾を無理矢理くっつけるな」


「相変わらず固いピヨ〜」


「お前は柔らかすぎだ」


「ボクやわやわだウッキー。ダンナにだけ特別おさわりOKだワン」


 もはや意味が分からない。

 でもこんな掛け合いも少し楽しくなってきた。


 俺は気を取り直して、昨日の経緯を簡単に説明する。


「そんな訳だから、お前も店に戻れば?」


 アルピは「うーん……」と首を直角に曲げて腕を組む。


「ボクは……やっぱり止めとくニャ」


 思いがけない返事だった。

 喜んで戻ると思ったんだけどな。


「なんでか聞いていいか?」


「それは――」



◇◇◇

 それから、教えてもらったホテルに予約しに行く。

 繁華街から少し離れたところにひっそりと建っていたホテルは、少々ボロい感はあったものの、今回はしっかりシングルが2部屋取れた。


 夕食時、ぬいぐるみは食事をしないので、スズ1人だけでの食事も寂しいから、と一緒に食卓を囲むことになった。


 スズはリハビリも兼ねて、クマが作った作品の模倣から始めているらしい。


 それと同時にシンカも同じ物を作ったり、気に入った作品を模倣したりしては全て解いて元に戻していた。


 2人はそれを見て不思議に思ったようだが、「練習用の布も糸もタダじゃないから」という言葉に納得したようだった。


 テオはどうしているかというと、昼間は店番係だ。

 とても接客できるタイプではないが、黙って座っていればマスコットにはなる。


 和やかに話が進む中、俺は話を切り出してみることにした。


「スズ、アルピはもう市長から任を解かれたのに、未だに案内役をしている理由って知ってるか?」


 アルピという名前にピクリと肩を震わすスズ。


「……それ以外に、することが無いから?」


 案内役として作ったマスコットだ。何をしていいのかわからないのかもしれない。そう思いいたって、寂し気に目を伏せた。


「元々市長にプレゼントしたものだから、市長に拒否されたら帰る場所がないと思っているのかも……」


 クマも悲し気なトーンで答えた。

 2人の答えに対して、俺はゆっくりと首を横に振る。


「『皆にスズを覚えていて欲しいから』らしいぞ」


 アルピが案内役をしている限り、生きたぬいぐるみがいる、という事実が残る。そうすれば、作り手のスズのことを思い出す人がいるかもしれない。そう思って残っているらしい。


 ただ、それだけじゃない。と、俺は思う。


 昼間、別れた後こっそりと振り返った時のアルピの様子を思い出す。


 寂しそうな横顔。

 ぬいぐるみなのに、不思議なものだ。

 本当に、そう見えたのだ。


「それに、こうも言ってた。『自分が側にいても傷つけるだけだから』ってさ。

 1人一所懸命お前を思いながらがんばってるよ。


 スズ、お前から迎えに行ってやれ」


 スズは、大粒の涙を流しながら何度もうなずいた。



 その夜。

 スズは朝まで待たずにアルピを迎えに行った。


 誰も訪れることが無い静かな夜。

 アルピはゲートの上にちょこんと座り、虚空を見つめていた。

 その姿に胸が締め付けられる。


 あぁ、朝を待たずによかった。

 寂しい夜が一晩だけでも減らすことができた。


 泣きじゃくるスズとアルピの抱き合う姿を見て、心からそう思った。

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