第35話 金の糸

 6日目。


 重大な事を忘れていた。


「クマ、体の調子はどうだ?」


「うーん……実は、昨日から沢山動かしているから、いつ最後の糸が切れてもおかしくないかも……」


「やっぱり!!」


 慌ててその事をスズ伝える。

 スズは少し考え込んで、口を開いた。


「金の糸があれば、もう少し寿命を伸ばせると思うんだけど……」


 しかし、金の糸はもう無いと言っていた。


「ボクの両足の糸を使ってくれピヨ」


「アルピ!」


 アルピの申し出に驚く一同。


「ボクは沢山動き回っても大丈夫なように、何重にも縫ってもらってるからクマの一部くらいなら足りると思うピョン」


「でも……もう歩けなくなるよ?」


 スズはアルピを目の高さまで抱き上げた。


「構わないニャ。

 そうだ! 糸巻いてたアレをつけたら車いすみたいに動けるワン」


「糸を巻いてたアレ?」


 何のことだ?


「あ、もしかしてこれ?」


 スズは、糸が巻いてある小さい円柱を取り出した。

 以前シンカがミシンに取り付けているのを見たことがある。

 

「アルピちゃんポジティブね」


 皆が笑う。

 そのポジティブさが皆を救う。


「オレは皆を守らなくてはならない。

 だから……左腕だけで勘弁な」


 テオは左腕をスッと差し出した。


「テオまで……」


 スズは3体のぬいぐるみをギュッと抱きしめる。


「ありがとう、アルピ、テオ」


 スズはアルピの両足と、テオの左腕の糸を丁寧に解き、別の糸で縫い直した。


 俺は解かれたばかりの金色の糸を手に取る。


「これって……」


 ボソッと呟いた独り言に、シンカも手元を覗いてきた。

 そして、シンカも目を見開く。

 恐らく、同じ考えなのだろう。

 目を合わせて頷く。

 

 スズは俺から金の糸を受け取ると、今度はクマの右腕と左腕と首の付け根を縫う。


「これで、大丈夫そう?」


 心配そうにスズが聞く。


 クマは両腕をクルッと回し、うんうんと頷いた。


「大丈夫そう。

 スズちゃん、アルピ、テオ、ありがとう」


 ホッとして皆で顔を見合わせて笑顔をこぼす。

 良かった。これで、残りの1週間は職人魂を取ることに集中できる。



 その夜、移動したホテルで俺はシンカの部屋にいた。

 『金の糸』について話す為だ。


「あれ、何だと思った?」


 とりあえずシンカの考えを聞いてみる。


「恐らくあんたと一緒」


 複雑な表情のシンカ。

 やっぱり言葉にするのは躊躇うよな。

 でも、一応確認しておかないと。


「スズの髪の毛」


 俺の言葉にシンカも頷く。


「だよなー」


 深く息を吐き出す。


 スズが貧しかったこと。

 髪がショートなこと。

 ショッキングピンクに染めたこと。

 他の人が縫ったぬいぐるみは動かなかったこと。


 なんとなくあいつらの存在がわかってきた。

 スズは気付いているのか?

 いや、気付いていたら喧嘩別れしてないか。


 俺はもう少しお節介を焼くかどうか悩む。



 7日目。


 スズとクマは今後の商品について話し合っていた。

 これからはそれぞれ作るのではなく、役割分担で1つの作品を一緒に作ることにしたらしい。


「あたしね、作りたいテーマがあるの」


 スズはうきうきとスケッチブックを開いた。

 そこに大きく 『幸せを運ぶ犬とさる』と書く。


「犬と猿がそれぞれハートの欠片を持ってて、合わせるとハートになる小物とか、紐の結び方を変えると寄り添うようになるとか」


 言いながら興奮気味にスケッチブックに絵を描いていく。

 それを見てクマも「いいわね」と相槌をうちながら頷いている。


「でも何で犬と猿?」


 真っ黒の犬に、つり目でまつ毛ぱっちりの猿。


 何だこの見覚えのあるキャラは。


「それは……幸せを運んできてくれたから」


 シンカをチラッと見て笑顔をこぼす。


 やっぱですよねー。


 シンカが嬉しいような困るような複雑な笑みを向けた。

 俺も同じ感情だ。


 俺達の存在を記録を残す訳にはいかないが、動物ならわからないか?

 職人魂を取ったら記憶は曖昧になるから、顔は思い出せないよな。

 セーフか?

 誰かセーフだと言ってくれ。


 俺は祈る気持ちで天を仰ぎ見た。


 それから、スズとクマは具体的な案の話し合いに入った。

 どうか、少しでも俺たちのイメージから離れることを祈る。


 シンカはその後ろで邪魔にならないよう、会話を聞いている。

 その手元は見てもいないのに超高速で小物入れを作り上げていた。


 あいつ、人間離れしてきた気がする。


 苦笑しながら見ていると、後ろからちょんちょんと腕を突かれた。


「ダンナ、ちょっとお願いがあるピヨ」


 振り返るとアルピとテオが並んでいた。

 アルピは板の上に座った状態で、その下に使い終わった糸巻の円柱が4つついており、回転できるよう改造されていた。


 クマが針を持つ為のベルトといい、テオ用のムチといい、スズはもしかしたら裁縫より工作の方が得意なんじゃね? と思ってしまう。


「そのダンナって止めろってば。で? 何?」


「実はもうすぐスズの誕生日なんだニャ。それで、今までのお礼を込めて手紙を書きたいんだヒヒン」


「だが、オレ達は字が書けない」


「で、俺に字を教えて欲しいって?」


 2体はうんうんと頷く。


「誕生日っていつ?」


「7日後」


 その日は朝のうちに職人魂を取って帰る予定。

 ってことは、俺達が帰った後になるか……そうなると直筆のお手本が残るのはマズイな。

 処分できなかったときが困る。


「わかった。書きたい内容を教えろ」


 アルピとテオが一言ずつ言う。

 一緒にクマが書きたい文章も教えてくれる。


「アルピ、この辺で要らない新聞紙を捨ててるとこあるか?」


「近くに古新聞回収ボックスがあるブー」


「よし、案内しろ」


 テオは店番で残ってもらい、アルピを腕に抱いて店を出る。

 ふと、ガラスに映った自分が目に入った。


 うさぎのぬいぐるみを抱っこする成人男性。


 うわぁ……。


 急いで目的地まで向かい、新聞紙を数冊拝借した。



◇◇◇

「できた!これを見て書け」


 手を広げる先には新聞紙から切り取った文字の羅列。


「脅迫ぶ――」


「そこは言うな」


 アルピの言葉を遮る。

 俺だってそう思うけど、これが苦肉の策なんだから我慢しろ。


 手紙のことはスズには内緒らしく、俺は残りの1週間、こっそりと字の練習に付き合うことになった。

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