第13話 職人魂いただきます
宿に帰って仮眠していると、ノックの音で起こされた。出ると、受付の人だ。何やら血相を変えている。
「あ、朝早くにすみません。ですが、あの病院からの電話で、急ぎらしく……」
その言葉に俺は部屋を飛び出した。
急いで受話器を取る。
「はい。……え、何で……そうですか。はい」
受話器を置くと、タカノも心配そうな顔で受付まで来ていた。
「何かあったんすか?」
俺は深呼吸して自分を落ち着かせる。
「サイハさんが、亡くなった」
「何でっすか!! 命の危険はないって……!! 」
タカノが俺に掴みかかってきた。
俺だって信じたくない。
「容体が急変したらしい。もう歳だし、体力がもたなかったんだろうって」
俺は静かに告げる。タカノはまだ信じられなかったようだが、サイハの家へ引っ張って行く。
既に病院から自宅の方へ運ばれているらしい。
部屋に入ると、親族や生前親交のあった人たちが悲しみにくれていた。ベッドを囲むようにドアを背にしているので、こちらには気づいていないようだ。俺たちは、そのままそっと様子をうかがった。
もちろん、サイハの身体を覆う光は消えている。
「タカノ、今回は諦めて帰ろう」
タカノは、悔しくて、悔しくて、何度も涙を拭っている。
俺たちは目立たないうちにそっと家の外に出た。『職人魂』が取れない以上、早めに里に帰らなければならない。
「おや、来てくれたんですね。今日旅立つと聞いていたので、もう会えないかと思っていました」
そう言いながら、サイゾウが、こちらに近づいてきた。部屋の中に姿が見えないと思ったら、外にいたらしい。
俺は「この度は本当に、残念でした」と頭を下げた。
タカノは泣きじゃくったままだ。
「本当に迎えがきてしまったようですね」
苦笑いを浮かべるサイゾウの顔は、疲れ切っていた。
唯一の血縁者を失ったのだ。無理もない。
なんて声をかけるのが正解なんだろうか。
「きっと、祖父も安心したんでしょう。あなたたちのおかげで、両親の敵を捕まえることもできた。私も思い出してもらえた。本当にありがとうございます」
深く頭を下げるサイゾウは、前を向こうとしているように見えた。
「あ、よかったらこれ、うちの工場で作った小刀なんですが、持って行っていください。このサイズなら許可なしで持てますから」
「嬉しいのですが、お気持ちだけで……」
俺は首を横に振った。
こういう時、貰えないのは辛いな。
すると、タカノが小刀を奪い取り、刃を眺め回した。
「おい、タカノ! 」
「これ……打ち方がサイハさんにそっくりっす! 本当に機械で作ったんすか?! 」
タカノは俺を無視して、興奮気味にサイゾウに詰め寄る。
「え、ええ。そっくりでしょ?私も小さい頃はずっと祖父に習っていましたから。あの火事で、両腕は使えなくなりましたが、あの機械が私の両腕なんです。祖父がいなくなった今、あの工場で祖父の刀を継いでいくつもりです」
サイゾウさんは、そう言って袖の隙間から覗く包帯をさすった。
「そう、ですか。よかった。サイハさんの刀がなくなったらさみしいっすもん」
タカノはホッとした顔で笑った。
「タカノさんも、祖父の刀を守っていってください」
サイゾウが、手を差し出した。
タカノがその手を握ると、サイゾウの身体が暖かい光に包まれた。
「コウ兄! 」
タカノが目を見開いてこっちを見る。
「あぁ! 」
俺も力強く頷いた。
サイハの職人魂は確実に受け継がれていたようだ。
「あなたの職人魂、ちょっといただきます!! 」
タカノは、握手とは反対の手で光に触れると、光は空中でシュルンと丸まり、タカノの掌で小さな玉になった。
「あれ? ええと……」
サイゾウは不思議な顔をしながら、俺たちを見つめた。
「俺達はサイハさんの作品のファンです。これからも、サイハさんの魂を受け継いでいってください」
「応援してるっす! 」
何が起こったのかと、茫然としているサイゾウに挨拶をして、俺たちは足早に森の方へと入って行った。
◆◆◆
「あの2人は?」
サイゾウはちょうどきた工場のガイドの女性に尋ねた。
「あぁ! あの2人は……あら?どこかで見た気がするんですが……どなただったでしょうか」
女性は不思議そうに首をかしげる。
「そうか」
サイゾウも不思議に思いながらも、なぜか清々しい気持ちがして、2人が消えた森の方へ一礼した。
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