第9話 嫌な予感

 翌日、タカノは寝不足のまま刀を打っていた。おかげでサイハに何度も怒鳴られている。

 顔を洗いに出てきたところで、その寝ぼけた頭をベシッと叩いた。


「おい、その不細工面どうにかしろ。もう時間がないのに認めてもらえなかったらどうすんだ」


「オレ『職人魂』を早めに取るつもりは……」


「言っておくが、それ取れなきゃお前もサイハさんから教わったこと忘れるんだぞ。彼に技以外にも色々学んだんだろ。お前は何のためにここにきたんだ?」


 その言葉にタカノがハッとする。

 こいつのことだ。サイハが死ぬのを止めることしか頭になかったんだろう。確かに、死ぬことを止められて職人魂を取れるなら、それが一番いい。でも、俺らがサイハの意思を変えてはならない。

 タカノには、言いたいことが伝わったようだ。


「すんません。オレ、がんばるっす!」


と、力強く返事をした。


「まずは、取れるようにしっかり仕上げろ。いつでも取れる状況になったら、ギリギリまで待ってやるから」


 俺も甘いな、と思いながらタカノの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。 タカノはいつもの笑顔に戻り、気合を入れて戻って行った。


 とは言ったものの、俺もやっぱり条件を破るのは後味が悪い。


「何とかしたいな……」


 結局、サイハさんの様子は変わらず、いつもの晩を迎えた。

 夕食の席でサイハが口を開いた。


「タカノ、よくがんばったな。ワシが教えられるものは全て教えた」


「サイハさん、本当にありがとうございました!」


 タカノが机に当たる勢いで頭を下げる。サイハの周りがぽうっと光に包まれる。これは俺たちにしか見えない『職人魂』を取れる合図だ。

 タカノは泣きそうな顔でチラッと俺を見た。俺はため息をつき、「もう少し待ってやる」と目で合図した。


「本当にお世話になりました。明日が約束の期日ですが、俺らはどうすればいいですか?」


「うむ。そのことだが、いつも通り7時にここに来てくれ。困ったことがあれば、を呼んでくれればいい」


 ん?なんだ?何かひっかかるような……。

 まぁいいや。それより明日もいつも通りってことも気にかかる。


「サイハさんはどうするつもりですか?正直、とても明日亡くなるようには見えません」


 単刀直入に聞いてみる。


「……天に任せるだけさ。迎えが来たらワシは逝く。迎えが来なかったらもう少し生きてみる。それだけだ」


 天に任せる?命を賭けた博打でもしようってのか?


「今晩、オレもここにいちゃダメっすか?もう少しサイハさんと一緒にいたいっす」


「いや、1人で身の回りの整理をしたいから、今日は早めに帰ってくれ」


 それから、俺達は半ば強引に外に出された。


「サイハさん、明日会えますよね?」


 タカノは顔を歪めながら聞く。サイハはニッと笑って無言でタカノの頭を撫でた。


「サイハさん、何か、オーナーに伝言は?」


 何か言ってくれ。

 そうすれば俺らは動ける。


「そうだな……いや、やめておこう」


 サイハさんは少しさみしそうに微笑んだ。胸がギュッとなる。

 もう、ヤバイな。

 明日は、もうわからない。


「今、取れ。」


とタカノに耳打ちした。タカノは首をぶんぶんと振って拒絶する。お前も気づいてるだろ。腹括れよ。

 だが結局、タカノは拒み続け、家を後にした。


 俺達はホテルに着いても無言のままだった。

 ただただ、時間だけが流れていく。

 このまま取らずに帰るか、明日7時に判断するか、いや、もういっそ今からいって無理やりにでもタカノに取らせるか……そんなことを考えていると、


「サイハさん、明日も会えるっすよね? 」


と、タカノがポツリと呟いた。


「……お前だって気づいてるだろ。その可能性の低さに」


俺は苛立ちを隠さずに言う。


「お前は結局腹が括れてないんだ。あれがギリギリラインだった」


「でも……」


 また『でも』か。

 結局お前はグチグチ言うだけで何もしないだろうが。


「少し黙れ。考えがまとまらん」


 強い口調で言うと、タカノは押し黙った。


 そういえば、サイハは今までよく『バカ息子』と言っていたが、今日は『バカ工場のオーナー』と言っていた。

 ひっかかっていたのはこれか。サイハはすでに思い出しているんじゃないか?サイゾウは俺たちが過去のことを知っていることは知らない。だから、今回は伝わるように工場のオーナーという言い方をした。


 確か、またサイハさんの刀を狙っている人がいたよな。しかも前と同じメンバー。来るとしたら、不運を呼ぶ俺達がいる時だと思っていたが……。


 サイゾウから聞いた両親が亡くなったのは日をまたいだ2時頃。サイハは自分の命を天に任せると言った。


 記憶。強盗。天に任せる。


 俺は1つの仮説に辿りついた。

 時計を見ると1時を回ったところである。


「くそっ! 」


 俺は急いでトイレに駆け込むと指を口に突っ込み、胃の中の物を全部吐き出した。

 う、気持ち悪りぃ。でも、そんなこと言ってる場合じゃねぇか。


「コウ兄!? どうしたんすか? 」


 タカノがかけ寄ってくる。


「今からサイハさんとこ行くぞ! 」


「でも、今晩は来るなって……」


「いいから! 嫌な予感しかしねーんだよ!! 」


 間に合えよ、ちくしょう!!

 俺はタカノの首根っこを掴むと、サイハの家まで駆け上がった。

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