第7話 昔話

 サイゾウは10歳になるまで、両親と共にサイハの家に住んでいた。

 両親はあちこち街を飛び回っていたので、サイハが親代わりだった。そんなサイハに育てられたサイゾウは、小さい頃からサイハの仕事を手伝い、習っていた。


 そんなある日、久しぶりに両親が帰ってきたと思ったら、機械化の話を持ちかけてきた。

 鍛冶仕事は、体力が必要だし、腰痛や火傷など怪我をすることも多かった。

 その打開策として、機械化を勧めてきたのだ。しかし、自分の手で作り出すことに誇りを持っているサイハはこれに大激怒。


 結果、喧嘩別れし、サイゾウは両親について家を出た。そして、機械が発展している機械街へ移り住んだ。


 5年後、工場の目処が立ち、3人はサイハの元へ帰ってきた。

 しかし、サイハは受け入れず、家に入ることすら許してくれなかった。仕方なく3人は宿に泊まることになった。


 その夜、サイゾウは将来のことで悩み、1人眠れず外をフラフラしていた。そこへ、けたたましい鐘の音と共に消火隊が走り去って行く。気になって後を追うと、黒い煙が上がっていた。サイゾウ達が泊っている宿の方面だ。

 サイゾウは嫌な予感がして走り出した。宿に近づくにつれて、ザワザワと騒がしくなってきた。悲鳴や怒号がまで聞こえてくる。

 

 人混みをかき分け、なんとか宿にたどり着いたが、その窓からは炎や黒煙が上がっていた。


 初めは愕然としていたが、慌てて両親の姿を探し始めた。


 泊まっていた部屋が1階であるにも関わらず、両親がどこにもいない。逃げそびれたんだろうか。サイゾウは、意を決して炎の中へ飛び込んだ。


 そこで見たのは、血の海で横たわる両親の姿だった。胸や腹には刀傷がある。後から聞いた話では、強盗に入った犯人が痕跡を消すために放火したらしい。そして、目撃者の話では犯人が持っていた刀は、皮肉にも1週間前にサイハのところから盗まれた刀であった。


 そのことを知ったサイハは、魂が抜けたかのようだった。病気のときですら握るのをやめなかったハンマーを投げ出し、食べることも寝ることすらもやめてしまった。

 サイゾウはしばらくサイハの世話をしていたが、仕事の都合でどうしても1週間ほど家を空けなければならなくなった。親戚に世話を頼み、サイゾウは後ろ髪を引かれる思いで出かけた。


 そして、1週間後に会ったサイハは、事件のことは一切忘れており、サイゾウのことを死んだ息子のサイジだと思い込んでいたのだった。



◇◇◇

「と、言うわけで、祖父の本当の願いは叶えられないんですよ」


サイゾウは話終えると、寂しそうに笑った。


「辛い話をさせてしまい、すみませんでした」


 俺は頭を深々と下げた。サイゾウの話題が上がらないのはそういうことか。


「頭を上げてください。もう10年も前の話ですし。そうそう、明後日は両親の命日なんです。事件のことを忘れていても、どこか片隅に引っかかっていて、そんなことを言っているのかもしれません。いや、もしかしたら既に思い出していて、気に病んでいるのかも……心配なので、明後日は私もそちらへ行きます。私でも多少は代わりになるでしょう」


 思い出しているかは、帰って探ってみるか。

 しかし、本当に看取って欲しいのは親父さんのことなのか?

 俺はなんとなくひっかかりを感じた。


「わかりました。この話はタカノにしても?」


 万が一自殺を考えていたとしたら、早急に対策しないといけない。


「構いませんよ。この辺の人は皆知っている話ですし」


「それにしても、刀が盗まれるとは物騒ですね」


 治安は良さそうに見えたんだけどな。


「そうですね。今は資格を持つ人しか、武器となるような刀は作れませんし、一般の人は持つこともできません。その分、盗賊達は盗むか闇市で手に入れるしかなくなりました。取り締まりが強化されて、一時期減りましたが、最近また、祖父の刀を狙っている連中がいるとか嫌な噂も聞きます。今の段階では警察も動いてくれませんし、コウさん達がいる間は気をつけてもらえるとありがたいです」


 なるほど。嫌な噂だな。


「サイハさんもまだ刀を作っているんですか?」


 見たところ工房にはなかったし、作っているようにも見えなかったが。

 いや、武器なわけだし、あったとしても見えないところで厳重に保管されてるよな。


「いえ、あの事件から一切作っていません。私が祖父のところには武器の依頼がいかないようにしましたし、家にあった刀も処分しました。もう武器になる刀はないはずです。しかし、間違った噂が後を絶たなくて……」


「狙っている連中がいるかもってのは、どこの情報ですか? 」


「警察です。強盗などが使う裏掲示板に、10年前に祖父の家に強盗に入ったメンバーに依頼するような記事があったらしく、用心するように話がありました。祖父には昨日、お2人が帰った後でしたが、強盗という件は伏せて、戸締りをしっかりするよう話しておきました」


「なるほど。俺らも気をつけておきます」


 俺は礼を言って部屋を出た。

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