第5話 1週間

 翌日から猛特訓が始まった。


「こうなったら、できるだけ早く『職人魂』を手に入れる為にガンガン覚えてけよ」


 決めたものはしょうがない。俺も全力でサポートするから、タカノには頑張ってもらわないと。


 朝早くから夜までタカノは作業場に籠る。その間、俺はサイハの身の回りの世話や雑用などを買って出た。お世話になる人のこともできる限りサポートするのが俺流の恩返しだ。

 やり方は「サイハさんのいつも通りのやり方にしたいので」と2日ほどサイハに張り付いて覚えた。道具の使い方とか間違えると違和感を覚えられちまうからな。


 それから、あっという間に1週間が経った。

 タカノの修行は順調のようだ。

 ただ、意外とやることが多く、なかなか自分の時間が作れないでいる。なんたって、なにかするたびに逐一自分たちの痕跡を消さなきゃいけないからな。

 そろそろサイハさんの死に関して調べたいんだけど。


 夕方、サイハの奥さんが遺したレシピノートを見ながら、砂糖たっぷりの甘い卵焼きを作った。料理を全然してこなかったサイハでも作れるように、丁寧に細かく書いてあるので、俺でも作ることができた。きっと、遺してしまうサイハのことが心配だったんだろうな。


「疲れた体に甘い卵焼きが最高っす!」


「この卵焼きはサイハさんの一番好きな料理だったんですよね。奥さんはいつ頃亡くなられたんですか?」


 確か、奥さんは病死と聞いていた。に関係していたりしないかな。


「あれは、暑い夏の日のことだったな。もう20年も前になるのか」


 サイハはひげをなでながら、懐かしそうに眼を細めた。

 今は寒さに近い気候なので、暑い日に亡くなったのなら命日が近いわけではなさそうだ。


「そのときもがあったり……とか?」


 恐る恐る聞いてみる。俺変なこと、言ってないよな。


「さて、どうだろうなぁ。ばあさんが、寂しくて早めに迎えにきちまったのかもしれんなぁ」


 うーん、このは死神とか実際に死が来る感じじゃなさそうだな。

 ってことは、自分にしかわからない体調の変化があるとか?

 でも、見てる限り薬も飲んでないし、具合も悪そうじゃないんだよなぁ。


 俺がグルグルと負のループに陥っている間にも、2人は昔話で盛り上がっている。


「あいつは小さいころからハンマーを握るのがうまくてな。ほれ、そこに小刀があるだろ。あいつが子どものころ初めて作ったやつだ」


 棚の上には2つの小刀が並んでいる。

 タカノが「どっちっすか?」と聞くと、サイハは首を少しかしげてから、「右、だな」と答えた。

 タカノが右の小刀を見ている間に、俺は左の小刀を手に取った。ケースから出すと、不格好な形の小刀が出てきた。


 あれ?


 何かが彫られた上にキズ跡がある。ギザギザと、わざと何かを消したみたいだ。これ……古いキズじゃないな。目を凝らして見ると「サ、イ、ゾ……?」


 もしかして、サイゾウのか?

 そういや、憎まれ口を叩きつつも息子の話はよくするが、孫の話は一度も出ていない。


 気にはなったが、サイゾウからは名前を出すなと言われてたし、下手なことは言わないほうがいいかな。ここで怒らせて追い出されるわけにはいかなし。


 サイハを見ると、まだタカノと話をしていた。


「サイハさん、本当は息子さんに跡を継いでほしかったんじゃないっすか?」


 タカノは小刀を大事そうにそっと置きながら言った。

 そりゃそうだろ。と、俺は思ったが、サイハの答えは「別に」だった。


「小さいころから鍛えはしたが、継いでほしかったわけじゃない。継ぎたいと思ったときに言えるように鍛えとっただけじゃ。せっかくガタイもよく、小さいころからハンマー振り上げていい筋肉に仕上がってきとったのに、機械なんぞに叩かせよって」


 サイハのいかりがフツフツと湧き上がってきたようだ。どんどん眉間にしわがよっていく。


 でも、意外だな。

 俺らの里だと基本的に子が親の職業を継ぐ。子どもが多いと別の職種に就くこともあるし、親も強制しているわけではないが、それがなんとなく当たり前になっていた。


 サイゾウは親の跡をついで機械化を実現したらしいが……あれ?そういやサイゾウの親ってどこにいるんだ?


「あの、今息子さんって――」


 聞いていい話題なのか?ちょっとドキドキしながら尋ねてみる。


「あん?この間会ったばかりだろ」


 この一週間何人か尋ねてくる人はいたが、息子らしき人はいなかったように思うが……俺とタカノは顔を見合わせて首を傾げた。


 それから俺達は宿に帰ってきた。ちなみに、1箇所に長く留まると不運が起きやすいので、3日おきに宿を替えることにしている。

 この街は宿がいたるところにあるので非常に助かる。以前行った異世界では宿が1つしかなく、寝てる時まで――いや、これはまた別の話だ。


「残り1週間だが、どうだ?」


「色々慣れてきたし、順調っす。里でも用途に合わせて形状を変えてたけど、まだまだ改良の余地があることもわかったし、帰って試したいことがいっぱいっす」


 タカノの笑顔を見て、俺はここでよかったと感じた。ただし、問題は『最期を看取る』ということだ。今の様子を見る限り、とても1週間後に死ぬようには思えないんだよなぁ。

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