第4話 弟子入り

「本当にいいんですか?今から会うのは非常に頑固で、周りの人からも偏屈じいさん、ボケじいさんなど言われている人ですよ。私はオススメしません」


 サイゾウは始終眉間にシワを寄せて行き渋っている。


「腕がよければ問題ないっす」


 対してタカノは嬉しそうだ。

 平行線の会話をしているうちに、小高い山の上の一軒家に着いた。サイゾウはここまできてまだ、ノックをするための手を上げたり降ろしたりしている。


「うー、じれったいっす」


 タカノがこらえきれず拳を振り上げたとき、家の裏手から人が出てきた。隻眼の筋肉隆々なおじいさんだ。一瞬巨大な熊かと思って、思わず身構えた両手をそっとおろす。


「何しに来た!!家には入れんぞ。帰れ!!」


 熊のようなじいさんは、サイゾウの顔を見るなり怒鳴りつける。この人がこの街一番の鍛冶職人か?すげぇ迫力。腕相撲したら、俺たぶん負けるな。


「はいはい、わかってますよ。じいさんにお客様です。他街からの旅行者で、じいさんの仕事を見たいそうです」


 サイゾウの言葉で、ようやく後ろに俺達がいることに気づいたらしい。

 こちらを一瞥(俺にとっては睨まれたような感覚だが)すると、口角をわずかに上げた。


「ほぉ、サイジではなくワシを選んだか。なかなか見どころがありそうだ。入れ」


 おじいさんはさっさと中に入ってしまった。意外とすんなりでびっくり。まぁ、今の申し出は見学だけだからかな。

 タカノはぱぁっと顔を明るくして中へ入って行く。


「では、私はこれで」


「サイゾウさんは寄らないんすか?」


「今の見てたでしょう。私は嫌われてますんで」


 サイゾウはため息をついて踵を返した。

 なかなか溝は深いようだ。


 数歩行ったところで「あ」と、サイゾウが振り返る。

「彼の前で私の名前は言わないでください。言うと……機嫌が悪くなるんで。もし話題が出たら適当に工場のオーナーとか、あの人とか言っておいてください」


 名前を出すだけで機嫌が悪くなる?

 親子喧嘩(この場合は祖父と孫だが)にしちゃ変な気がするな。


「ふーん、わかりました。じゃあ、お世話になりました。何かあったらまた連絡します」


 俺は疑問に思いながらも返事をした。


 その後、おじいさん、ことサイハの仕事の様子を見学させてもらった。ハサミやナイフにも様々な種類があって面白い。紙や布など素材によってこんなにも切りやすい形が変わるのか。このナイフなんかめっちゃ使いやすそう。専門的な話は俺にはさっぱりだったが、作品を見ているだけでも面白いもんだな。

 タカノも鍛冶職人ということで、途中で作業を体験させてもらった。その際、サイハが驚いていたので、やはりタカノの腕はそれなりなのだろう。


 一通り見終えたところでタカノを裏手に呼び出す。サイハを師匠に選ばないのなら次に移動しなければならないからな。ま、目の輝きを見ていたら答えは分かりきっているけど一応ね。


「で、どうす――」

「ここで!!」


 食い気味に答えられた。

 さて、だいぶ頑固そうだし、どう交渉したもんか。いや、職人気質だし、タカノの腕前なら意外といけるか?俺はいくつかのパターンを頭で描く。


◇◇◇


「……と言うわけで、2週間ほどサイハさんの元で勉強させてもらえませんか?」


「邪魔にならないよう気をつけるので、お願いしますっ!!」


 そろって深く頭を下げる(タカノの頭は地面着くんじゃね?ってくらいに下がっている)。

 まずはストレートにお願いしてみた。こういう人は回りくどいのは嫌いだろう。ただ、一回は断られるだろうからその場合は……


「いいぞ」


「そこをなんとか――え?」


 は?マジで?いくら筋が良くても2週間だけ弟子入りさせてくれるもんなの?


「ただし、条件がある」


 サイハが人差し指を出した。

 条件付き。やっぱり一筋縄じゃいかないか。

 俺はゴクリと息を飲んだ。


「ワシの最期を看取れ。」



「「は?」」



 思いがけない言葉に2人して固まる。

 え、最期?


「サイハさんどこか具合が悪いんすか?」


 我に返って、タカノが心配そうにオロオロとサイハの回りを回り出す。


「まぁ、それなりに歳だから色々ガタはきとる」


 ガタって、病気じゃないのか?感覚?でも見る限り元気そうだし。


「でも、俺ら2週間後には自分の街に帰らないと行けなくて……」


「大丈夫だ。ワシは2週間後に死ぬ」


 いやいやいや。そんな予定って立てれるもの?


「余命宣告されてるんすか?!」


「いや、迎えに来る……気がする」


「そんなフワッと!?」


 タカノが思わず声を荒げる。

 迎えってなんだ?この世界の死は迎えがくるタイプなのか?

 聞きたいけど、ここで追及すると変に思われるかもだし……俺は困って頭をかいた。


「ちょっと相談させてください」


 タカノを連れて外へ出る。


「おい、ここはパスだ。サイゾウさんに言って別の人を紹介してもらおう」


 本当に死なれたらまずい。

 そんな大事な時に異世界人の俺らが居合わせるなんて、何が起こるかわかったもんじゃない。


「嫌っす!オレ決めましたから!」


タカノは言い張る。


「お前状況わかってるのか?万が一『職人魂』を取り出す前に死なれたら、お前の収穫ゼロだぞ」


「その時はそれでもいいっす!第一コウ兄はあの話信じるんすか?」


「まぁなぁ……ただ、ではありえる話かもしれない。俺らの常識で物事を測れないから、最悪のことを考える必要があるんだよ」


 タカノはむぅ、と頬を膨らませた。


 『職人魂』

 それは、学ぶと決めたその世界での師が職人を認めたら、その人から取り出すことができる光の玉である。(今回はサイハがタカノを認めたらサイハから取り出せるってことだ)

 これを見たり手に出来るのは霞の里の者だけで、これを手に入れることが旅の成功と言える。

 逆にそれができないと、里に戻った時点で、学んだ技術を忘れてしまい、何も身につかなかったことになる。つまり、失敗だ。

 専門知識ではないふわっとした情報なら3日ほど記憶に残るので、後世のために2週間のことを事細かに書き出す、というとんでもない作業が待ち構えている。

 あぁ、気が重い……。


 いや、今はタカノのことだ。

 俺としては成功率を上げるために、別のとこにして欲しいんだけどな。

 しばらく口論が続いたが、結局俺はタカノに押し切られてしまった。

 まったく、頑固者め。

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